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東北沿岸部を行く

体力勝負の一人旅 No.406【東北沿岸部を行く】

【17日目・2016年8月6日(2)】

 12時少し前に白石を出発した。これからもっと暑くなる時間帯だ。昨夜のほうが楽に走れたかなと考えながら国道4号線で福島を目指した。

 昨日と違って道幅が狭い区間に入ってきた。もし夜だったら車の恐怖を感じながらの走行だったに違いない。
 そして上り坂だ。きつい坂ではないが、昨夜の疲れた状態だったらなんで電車にしなかったのだと後悔しただろう。
 後悔が多い私だが、昨日の電車移動の判断は大正解だったと確認できた。

 13時30分ごろ、見覚えのある場所へやって来た。そろそろ福島駅、この先の左側に競馬場がありそうだ。そうか、ゴールデンウィークに福島駅から相馬へ向かったときに通った道だ。

 もうゴールは近いが最後に寄り道をしよう。私の地図に『日本一の大わらじ』とガイドされた羽黒神社が近くにある。昨日、わらじ祭りを見たのだから実物を見ないわけにはいかない。
 この辺では有名な神社だと思うが案内板は見当たらない。何回も止まって自分の地図を見たが、結局たどり着けなかった。

 まもなくゴールデンウィークのスタート地点だったヤマト運輸の営業所に着いた。結果的に東北沿岸部の旅は福島~八戸を往復する旅になった。

 現在13時50分。福島駅に隣接した建物にスーパー銭湯があるので、汗を流して帰ることにしよう。
 ヤマト運輸と駅はそこそこ離れている。昨夜のホテルは銭湯にも駅にも近いので、自転車の分解はここヤマト運輸ではなくホテルでやりたい。
 ホテルで集荷できるかヤマト運輸に訊いてみると、自転車は特別なので集荷できないという。残念だがお風呂に入ったらまた自転車でここへ戻って来よう。

 今日もわらじ祭り開催中だ。人が多いので自転車を押しながら祭り会場を通っていたら、長さ10メートルはあろうかという細長いわらじが道路を占拠していた。これが日本一の大わらじだろうか。もしそうなら羽黒神社へ行っても見られなかったわけだ。

 銭湯へ行く前にホテルに立ち寄った。荷物を預けていたからだ。いったん受け取ったが銭湯に必要なものだけ抜き取ってまた預かってもらった。
 銭湯は線路の向こうだ。この暑い中、陸橋を上らなければならない。最後の試練だ。いや最後ではない。炎天下での駐輪場探しも大変だろう。
 駅の前へ行くと広い駐輪場があった。きっと有料だろう。管理人のおじさんに銭湯の駐輪場を訊いてみようと中へ入ると、ここに止めていいという。ここは無料の駐輪場だった。
 自転車を止めて歩きだすと、おじさんは「ゆっくり浸かってらっしゃい」と言ってくれた。
 こんな大きな駅なのに目の前に無料駐輪場があり、このおもてなし感は最高だ。

 汗を流した後はホテル経由でヤマト運輸へ行き、自転車の分解と駅までの徒歩でまた汗だらけになった。
 駅周辺を行ったり来たりしているうちにいつの間にか時間が経過し、新幹線に乗れたころはもう18時20分になっていた。

おわり

8月6日(土) 福島
 本日の走行距離 40.97Km(一部計測できず)
 本日の登坂累計 246m(一部計測できず)
 本日の消費カロリー 2707Kcal

 今回の総走行距離 674Km(一部計測データとれず)
 今回の総登坂累計 7630m(一部計測データとれず)
 最終日を除いた1日平均距離 90.4Km
 最終日を除いた1日平均登坂累計 1055m
 1日の平均距離、登坂累計ともにゴールデンウィークとほぼ同じでした。

今回も長々とお付き合いいただきありがとうございました。感謝しております。
また、途中でメルマガスタンドのメルモがサービス停止になったにも関わらず、「melma」や「まぐまぐ」に登録していただきうれしく思います。

今年はサイクルコンピューターのトラブルで正しい距離計測ができませんでした。来年は新規購入して臨みたいと思っています。
それでは次の旅までさようなら。

体力勝負の一人旅 No.405【東北沿岸部を行く】


【17日目・2016年8月6日(1)】

 今日は最終日だ。自転車を停めた白石駅まで電車で移動し、白石の町並みと白石城を観光してから自転車で福島駅まで来て、終了にしよう。
 白石から福島までは35キロぐらいだろうから自転車で走る時間は2時間もない。最後はのんびりした日になりそうだ。

 ホテルで時刻表を確認すると白石へ行く電車は1時間に1本しかない。昨日はそんなことは露知らず、それほど焦らず電車移動を選択した。今思えば結構綱渡りだった。
 ホテルの少なさを知って白石は想像したほどの観光地でないことはわかったが、電車の本数を知るとただの田舎町のような気がしてきた。

 9時53分発の電車に乗って10時30分ごろ白石駅に到着した。
 駅構内の観光案内所に入るとやはり観光地だったのか、と思うようなA3サイズの手書きガイドマップが何種類も置いてある。
 どの地図も手作り感満載で、色鉛筆で描いたような道路地図に手書きの建物のイラストが載っている。ガイドマップは目的別に10種類ぐらいありそうだ。
 目的別というのは、例えば『レンタサイクルでまわろう』と題したシリーズだと、『お気に入り処マップ』『史跡処マップ』『甘味処マップ』などがある。
 もう少し広域のトレッキングマップシリーズもある。その中の一つに斎川宿と書いてあるものがあった。奥州街道の宿場町でもあり城下町でもあるようだ。
 どの地図も持ち帰りたくなるような暖かみがある。観光案内所の職員が調べて作ったものだという。かなり大変だっただろう。職員の努力と町の受け入れ態勢のギャップを感じてしまった。

 何種類もの地図をいただいて駐輪場へ向かった。
 駐輪場の管理人のおじさんに昨夜のホテルがなくて困った話をすると、20年ほど前にこの地に移ってきたおじさんは「ここは商売っ気がない」と言う。
 新幹線の駅付近にあったホテルは2年前に廃業し、駅前はコーヒーショップがあるぐらいだそうだ。新幹線の駅をここに造る案もあったが地元の反対で離れた場所に新幹線の白石蔵王駅が誕生したと教えてくれた。
 さらに話を続け、この駅前だけは除雪しないという。理由は店先に雪を積まれるのが嫌だからだ。
 私は雪国のことはわからないが、この話を聞くと確かに商売っ気がないように思った。

 10時53分、史跡マップを片手に白石駅を出発した。快晴で完全なる猛暑日だ。
 旧奥州街道沿いの歴史ある建物を探しながらゆっくり走っていると見たことのない信号機に出合った。思わず自転車を止めてカメラを向けた。
 この信号機をどう説明したらいいだろか。
 四角いクッキーを作るのに使う正四角柱の抜取型をイメージしたらいいかもしれない。型の外側の面に車用の信号が付いており、内側の面に歩行者用が付いている。
 その抜取型信号機が交差点の中央に一つだけぶら下がっている。すべての面に信号が付いているから、四方から来る車も歩行者もすべてこの信号機を見るのだ。
 歩行者用は車用の陰で見えないのでは?と思うかもしれないが、遠くから見る車の運転手は歩行者用が陰になるものの、近くから見上げる歩行者はしっかり歩行者用信号が見えるのだ。
 近くを歩いているおばあちゃんに訊くと、こういう信号機はここだけではなく、あちこちにあるという。商売っ気のなさが町の変化を妨げ、年代物の信号機が残ったのかもしれない。

 白石城を囲むように流れる用水路沿いを辿って城の入口に来た。途中に武家屋敷があったが有料だったので門の写真だけ撮っておいた。
 武家屋敷と言うと秋田の角館を思い出す。そこと比較してしまうと小規模だ。

 城の入口からは石段が続いているので、自転車を止めて登っていった。
 天守閣直前の門のところで、日傘を差した80歳近いと思われるおばあちゃんが制服を着た3人の女子中学生にお城のガイドをしている。
 おばあちゃんの心配をしたくなるほどの暑さだ。

 30分ほどでお城観光を終えて自転車のところに戻ってきた。直射日光が当たっている自転車の温度計は51度を表示していた。

つづく

下記URLに写真をアップしました。
http://yahoo.jp/box/kTozuE
一部のガラケーからは見ることができません。申し訳ありません。

体力勝負の一人旅 No.404【東北沿岸部を行く】


【16日目・2016年8月5日(4)】

 福島駅を降りると人、人、人。浴衣姿の人だらけ。駅へ向かっている人が多く、私は流れに逆らっていた。花火大会かお祭りのなのだろう。よくもこんな日に宿が取れたものだ。
 ホテルでチェックインの手続きをしていると、隣のカウンターで「今日は満室です」と一人の男性客を断っている。
 もし自転車でここを目指していたなら、21時30分ごろ着いて路頭に迷っていたかもしれない。危なかった。

 何のイベントか気になったのでフロントで訊いてみた。
「浴衣姿の人が多かったですが、何かやっているんですか?」
「お祭りをやっています。向こうの通りでパレードをやっています。」
 もう20時40分ごろなので、これから見に行っても間に合わないと思ったが、
「まだやっているんですか?見に行って間に合いますか?」と訊いた。
「まだまだやっていますから大丈夫ですよ」
 よし、夕食やお風呂はあとにして見に行こう。

 外へ出ると、会場方面のビルの屋上に設置しているLED点灯の鉄塔に目がいった。LEDなので色が赤になったり紫になったりとどんどん変わっていく。脇を通ると東北電力のビルだった。

 パレードの通りへ出ると歩道は見物客や店に並ぶ客でいっぱいだ。通りでは30~40人が1団体になり、ねぶた祭りのように掛け声を出して踊りながら進んでいく。踊っている人は皆いい表情をしている。
 威勢の良い掛け声と活き活きした表情が疲れを忘れさせてくれる。

 店頭に貼られたポスターを見つけて、わらじ祭りだとわかった。『日本一の大わらじ』と添えられている。大わらじといえばお寺だ。大わらじが奉納されたお寺が近くにあるのだろうか。
 わらじといえばわらじ娘を思い出す。4年前、本州縦断中に鹿児島で会ったわらじで旅する女子大生のことだ。もう社会人なんだなぁ、元気かなぁ。そんなことを思いながらホテルへ帰った。

下記URLに写真をアップしました。
http://yahoo.jp/box/XrQInM
一部のガラケーからは見ることができません。申し訳ありません。

8月5日(金) 福島
 本日の走行距離 125.51Km(一部計測できず)
 本日の登坂累計 566m(一部計測できず)
 本日の消費カロリー 4362Kcal


体力勝負の一人旅 No.403【東北沿岸部を行く】


【16日目・2016年8月5日(3)】

 岩沼を通過する。あまりアップダウンがないので疲労がたまっている足でもまだいける。とはいえ白石まで休憩なしは無理なので、白石まで20キロを切った『船迫』というところで休憩だ。
 コンビニでエネルギー補充をして、スマホでホテル情報を検索する。楽天で調べると白石駅周辺に空いている宿がない。近隣で探すと温泉の高い旅館しかでてこない。
 白石駅近くのホテルに電話してみると満室だという。「何かイベントの日なんですか?」と訊くと、特別そういうことはないという。ちょっと安心した。だけど早く現地へ行ったほうがいいだろう。

 18時17分に再スタートした。仙台からほとんど平たんで走りやすい。45分ぐらい走って国道4号線とお別れ、白石市街地を目指し左折した。
 19時16分、白石駅に到着する。想像したにぎやかさはない。本当に観光地だろうか。駅前にホテルが何軒かあるだろうと思ったが、駅から見えるのは電話で満室を確認したホテルだけだった。
 このときは駅から少し離れれば、あるいは数キロ離れている新幹線の駅へ行けば宿はあるだろうと思っていた。

 どの駅にもあるような周辺地図が載っている案内板でホテルの広告を探すが見つからない。本当にホテルがないのだろうか。
 駅員さんにホテルがないか尋ねると、満室だったそこのホテルぐらいしかないという。あとは旅館があるけど営業しているかわからないという。
「新幹線の駅のほうはありますか?」
「あっちにホテルはないです」
と意外な答えに、これはまずいかもと思った。

 公衆電話を探して電話帳で調べてみる。あまりにホテル・旅館の掲載数が少なくて、「なんで」と思った。満室のホテルと同じ町名のホテルは1つもない。駅周辺にはないということだ。駅員さんが言っていた旅館は廃業したのだろう。
 近くに温泉が2か所ある。どちらも10キロは離れていないが山道のようだ。今日はすでに125キロ近く走ってきたので、これから山を上る元気はない。
 スマホで検索しているうちに時間ばかりが過ぎていく。改札の上にある電車の発車時刻表示板が気になった。もし福島駅へ電車移動するならそろそろ決めなければいけないな。

 福島駅周辺ならばどんなに遅い時間に着いても宿はあるだろう。福島まで30キロか、平たんなら行けない距離ではない。自転車で行ってしまおうか。
 待て待て夜間走行は危険だ、そんなリスクを負う必要はないだろう。それにせっかくだから白石城を観てみたい。よし、ここは安全第一で電車移動にしよう。

 そうと決めたら自転車置き場を探そう。駅員に駐輪場を訊くと、駅の駐輪場はなく市営駐輪場が近くにあるけどもう係員はいないだろうとのこと。しかたないので止めさせてもらえる場所を探すことにした。
 と言っても商店街はどこも閉まっていそうだ。コンビニがあるがアルバイトに許可を求めても無理だろう。電車の時間が迫っていてちょっと焦っていた。
 そのとき道の向こうで店のドアが開き女性が出てきた。店の前に駐車スペースがありちょうどいい。閉店の準備だと思い慌てて道路を渡った。
 「すいません」と声をかけ近寄ると、夜の女らしき風貌だった。そんなことは構わず「ここに一晩、自転車を止めさせてもらえますか?」と頼んだ。
 開いたドアから店内が少し見えた。店内と言っても見えるのは廊下の華やかな壁。その廊下をちょっと怖そうな男性が横切った。ここは何の店だ?
「ここの駐車場はとなりのビルの駐車場なんです」と残念な返事だった。隣のビルはすでに閉まっている。

 もう探す時間はない。市営駐輪場に無断駐輪しよう。大慌てで市営駐輪場に止めてホームへ駆け込んだ。
 19時52分発のすいている電車に乗ってちょっと落ち着いた。

 一息ついたところで宿探しだ。県庁所在地だけあって楽天で難なく予約完了。地図を見ながらどこで宿探しをするのが正しかったのか振り返りながら福島駅へ向かった。

つづく

体力勝負の一人旅 No.402【東北沿岸部を行く】


【16日目・2016年8月5日(2)】

 震災前のJR仙石線沿いの道を進む。ゴールデンウィークは工事中で未舗装の迂回路になっていたところがつながっている。わずかなことでも復興の進みを体験するとうれしくなる。ちなみに今の仙石線は300メートルほど山側に移っている。

 松島から塩竈まで海沿いの国道45号線を進む。ゴールデンウィークに走った道だ。塩竈神社辺りから国道45号線を通らず内陸へ向かうルートにした。
 国道45号線で東から仙台に入ると転倒地点に行ってしまうので、県道を伝って南から入ることにした。
 県道は道がわかりづらく、県道35号線を進みたかったが自分がどこにいるのかわからなくなってしまった。うろうろしながらたどり着いたのは多賀城市役所付近のスーパーだった。思考能力が落ちているので食事休憩にしよう。

 パンを買い店頭の駐輪場横に座って食べていると、店員さんが「中に椅子がありますから入って食べてください。水もありますよ。どうぞ。」と言ってくれた。お言葉に甘えて冷房の効いた店内でいただくことにした。

 30分以上休憩し、現在地を確認しないまま出発した。道路の案内標識に仙台があったので従えばいいと思ったからだ。
 スタートしてすぐ多賀城駅があった。きれいな駅だ。線路を越えると小さな川が流れていて、駅周辺で工事をしている。もしかしたらここも津波被害を受けたかもしれない。帰ったら調べてみよう。

 道路標識に従い国道45号線に出て仙台入りした。その先で国道4号線に交差し、あとは4号線を南下すればよい。もう道に迷う心配はなくなった。宿泊地を決めればいいだけだ。

 まだ16時30分にもなっていないので仙台泊は早すぎる。明日午前中走って、新幹線の駅に着くぐらいがちょうどいい。
 案内標識を見ていると、名取、岩沼、白石、福島がでてくる。名取は近すぎる。岩沼はあまり聞かないが白石は観光地として有名だ。白石のほうが断然宿が多いはずだ。
 白石まで36キロ以上ある。到着は19時近くになりそうだ。もう少し近い方がいいが、岩沼で宿探しに時間を費やすぐらいなら白石まで行ってしまおう。福島はさらに30キロ先だ。さすがに福島は無理だ。

つづく

体力勝負の一人旅 No.401【東北沿岸部を行く】

【16日目・2016年8月5日(1)】

 昨夜はトレーラーハウスから外へ出て、星空を眺めながらTBCラジオのオールナイトニッポンミュージック10を聴いた。この日はパーソナリティーの斉藤由貴さんが仙台に来ているので仙台からの放送だった。
 最初にスピッツの曲がかかる。旅先で聴く曲はそのまま想い出になる。曲と景色や体験がミックスして記憶に残るからだ。今後しばらくはスピッツの曲を聴くと女川のこの夜を思い出すことだろう。
 斉藤さんの透明な声は星空を眺めるBGMだ。12時近くまでラジオを聴いていた。

 夜が明け、朝から雲一つないいい天気だ。昨日に引き続き暑くなりそうだ。
 当初は明日か明後日に石巻で旅を終える予定だった。石巻まで15キロしかない。もう少し足を延ばして明日帰ることにした。
 普通に考えれば帰る方向の仙台方面へ向かうのだろうが、ゴールデンウィークに仙台で転倒したいやな記憶があるので、どうしても仙台は避けたかった。ゴールは仙台より北の新幹線が止まる古川駅を候補にした。あとは進みながら考えよう。

 10時ごろ宿を出発する。こんな道を通ったんだなと明るくなった迂回を記憶にとどめながら通過した。
 女川駅前を通り国道398号線を東へ進んだ。なんだか足が重い。疲労が蓄積しているのか、それとも当初予定していた旅をほぼ終えて気が緩んだからなのか。明確な目的地もなく惰性で走っているので後者のような気がした。

 暑さで集中力が切れかかっているころジェット機の轟音が聞こえてきた。遥か前方で何機ものジェット機が飛んでいる。各機が違う方向に飛んだり、行ったり来たりしていた。
 そのうちジェット機が撒く煙で星形ができていることに気がついた。航空ショーだろうか。でもそのようなポスターは見ていない。とすると、練習だろうか。確か石巻に航空自衛隊があった気がする。
 しばらくは航空ショーを力に変えて集中力を保った。

 古川まで50キロないだろう。せっかく東北まで来たのだからあと50キロで旅を終えるのはもったいなく思ってきた。前回転倒した海側を避けて仙台に入ろう。それなら仙台に対する拒絶反応は起きないだろう、と自分に言い聞かせた。
 1回の転倒だけでその地を避けたくなる。津波被害を受けた人が海を避けることと程度の差はあれ同じ感情かもしれない。そう思うと海を避けては生きていけない方々は本当につらいだろう。

 航空自衛隊松島基地付近のコンビニでお昼ご飯を食べ、松島の東の半島を通る道『奥松島パークライン』を走る。松島を見下ろす大高森展望台へ行くためだ。

 左側は石巻湾。地図を見ると野蒜海岸が数キロ続いていて海水浴場のマークがある。しかし海水浴客が来ている様子はない。遊泳禁止になっているのだろう。
 この道も津波被害を受けていてあちこちで工事が行われている。有名な観光地のイメージを持っていたが案外何もない道だ。右側にホテルが見えたと思うと営業していなかった。たぶん津波被害のせいだろう。

 野蒜海岸沿いを3キロほど走って橋を渡ると松島らしくなってくる。左側は松島に浮かぶ島々のような地層の岩場が迫ってくる。小舟がいくつか浮かんでいる。岩場が外洋の荒波を防いでくれるので停泊所になっているみたいだ。
 右側に大きいホテルが見えてきて観光地らしくなってきた。そして大高森の登り口に到着。13時ちょっと過ぎだ。
 展望台へは歩かなければいけないようだ。標高差100mぐらいで所要時間は20分ほどらしい。あまりに暑いので自転車からペットボトルを抜き取って登山開始だ。

 10分ちょっとで山頂に到着した。苦労のかいあってよい眺めだ。
 松島湾の手前のほうに養殖いかだが浮かんでいて、その先に島々が見える。テレビや旅行チラシで目にする光景だ。夕日のタイミングだともっといいだろう。だが帰りは真っ暗な山道を下るのでロマンチックに浸ってはいられないかもしれない。
 野蒜海岸も見える。手前の木がちょっと邪魔しているが弓のようにきれいに反った砂浜が見えた。

 山頂の滞在時間は7分ほどで下山した。日陰に止めた自転車の温度計は34度を指している。さあ再スタートだ。

つづく

下記URLに写真をアップしました。
http://yahoo.jp/box/XrQInM
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体力勝負の一人旅 No.400【東北沿岸部を行く】

【15日目・2016年8月4日(6)】

 いくつかのアップダウンを抜けて女川湾を望む高台へやってきた。時間は18時30分を回っている。見通しのきくところで自転車を止め、夕映えの女川湾を眺める。
 山に太陽が沈んだ直後で、まだ明るい黄色い光が静かな女川湾の海を照らす。今日も一日いろんなことがあった。そんな振り返る時間をこの景色が与えてくれた。

 今日の宿は前回利用したトレーラーハウスだ。女川駅から丘を一つ越えて、造成中の高台移転地を通り過ぎた先にある。海から遠く感じるがここも津波被害を受けた場所だ。
 震災前は丘を越えなくても海からここへ通じる道があった。前回来たときはもちろんその道は通行止めだった。通行止めというよりどこが道だったのかわからない状態だった。

 もしかしたらその道が開通しているかもしれない。開通していれば女川駅まで行かなくてよく、ショートカットになる。海沿いを右に曲がれる道がないか注意して走った。
 もう完全に日が落ち街灯のないところは真っ暗だ。左側に魚市場、右側は震災後に建てた水揚げしたものの加工工場が並んでいる。
 右折する道があるとすればこの辺りかもしれない。右折すると駅前を通らないことになる。食事できるところは駅前しかないので、それはそれで困るが開通している可能性は極めて低いだろう。

 右折する場所が見つからないまま駅前に来た。食事する場所を見つけるのが次の課題だ。前回食事したところはもう閉まっている。開いている店はどこも満席だ。
 そうなるとコンビニ弁当になるな。弁当と飲み物を多めに買って丘を上った。

 丘を上りきると、ま、まさかの通行止めだ。この坂を下ればもう宿なのに迂回しなければいけないのか。
 迂回路を見ると2倍以上の距離がありそうだ。しかし問題は距離ではない。坂道の有無が気になる。さらに最大の問題は迷わずに行けるかだ。
 道はだいぶくねくね曲がっているし、目印はほとんどない。しかも真っ暗だ。自力で行くのは無理そうなので宿へ電話した。

「自転車ですけどこの迂回路以外行く道はないんでしょうか?」
「迂回路しか道はないんですよ」
「この地図だと道が良く分からないんですけど」
「これから向かいに行きます」
「自転車ですけど」
 コンビニ弁当をリュックに入れていることもあり、昨日のように自力で宿まで行く気はあまりなかった。
「自転車を車に載せますので」
 と言ってくれて一安心した。

 しばらく待っても車が来ない。迂回路はそんなに長いのか、いやもしかしたら私の居場所が正しく伝わっていなかったのかもと不安になった。
 そこへ1台の乗用車がやってきた。これでは自転車が載らないから違うだろうと思った。若い男性が下りてくる。「先ほど電話された方ですか?」と言う。宿の人だった。
「自転車を載せますか」と宿の人が言ってくれたが、どう見ても載らない。
「載せられないんじゃないですか」
「そうですね」ちょっとまごまごした感じになった。
「じゃあ、ついていくのでゆっくり先導してください。上り坂はありますか?」
「ここの坂を上ればあとは下りです。」
「荷物だけ載せてもらえますか。」
「どうぞ」と言って後部座席のドアを開ける。座席の上は荷物でいっぱいだ。「ちょっと待ってください」と慌てて荷物の整理を始めた。私はちょっと苛立っていた。
 作ったスペースに荷物を載せて出発する。ゆっくりと私の先導をして坂を上った。
 きっと新人君なんだろう。新たな雇用が生まれた証拠だ。それを願ってこのホテルを利用するのだからこんなことで苛立ってはいけないな。

 先導車は体育館の敷地へ入っていく。体育館の駐車場の一部が迂回路になっていた。体育館の敷地を通り抜けると街灯がまばらで一気に暗くなる。
 T字路を右折すると下り坂だ。先導車のあとを気持ちよく下っていく。自力ではスムーズにここまで来られなかったかもしれない。
 先導車も気持ちよく下っているのかどんどん離れていく。見失わないようにブレーキをかけるのは控えてスピードを上げるが追いつかない。
 暗くて路面状態がわからない上に、カーブの先がどうなっているのか当然知らない道をさらにスピードを上げ、「おいおい、もう少し後ろを気にしてくれよ」と思いながらスリル満載で下る。
 次の交差点で先導車が止まって待っていた。ここは見覚えがある。もう宿の目の前だ。
 宿に着いて、GPSの記録を確認すると迂回路は約2キロ、最高速度は38キロだった。

下記URLに写真をアップしました。
http://yahoo.jp/box/aHTkZH
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8月4日(木) 女川
 本日の走行距離 94.19Km(一部計測できず)
 本日の登坂累計 1170m(一部計測できず)
 本日の消費カロリー 3808Kcal

体力勝負の一人旅 No.399【東北沿岸部を行く】

【15日目・2016年8月4日(5)】

 仮設商店街を発ってすぐ、前回はなかった小さな木造建築があった。外壁は木だがトレーラーハウスのようでもある。建物に『石巻市復興まちづくり情報館』と書いてある。
 中に入ると、高台移転地の工事の進捗状況や雄勝の歴史に関するパネルが展示されている。地元の人を対象にした施設のようだが、若い男性の係員が親切に説明してくれた。
 テーブルにiPadがあり、その横に消しゴム大のブロックがいくつかあった。係員が「本来ならこのブロックをiPadに乗せると、ブロックに対応したプログラムが動くはずなんですけど、異常な暑さで機能しないんですよ。」と教えてくれた。

 また寄り道をしてしまった。そろそろがんばって走ろう。国道398号線に戻って雄勝湾の南側を進む。たぶんここは国道だと思うが仮設道路のような路面と道幅だ。すぐ右の山側に平行した道もある。前回は山側の道を通ったかもしれないなと思いながら進んだ。
 すると前方で白い煙が上がっている。左カーブを曲がった先に見えたのは電柱に激突している軽自動車だった。その左側に工事関係者の車が止まっている。交通事故だ。

 どうやら軽自動車が単独で電柱にぶつかり、すぐ後に工事関係者の車が通りかかったらしい。工事関係者の2人が車から降りている。1人が警察に電話をしているところだった。
 フロントから白い煙が上がっている。ラジエーターの水蒸気だろうか、フロントの下から赤い液体が流れている。一瞬、血かと思ったが見える範囲では出血している様子はない。オイルが漏れているのだろうか?
 事故車の運転席で年配の女性がハンドルにもたれて痛そうな顔をしている。救助したいが近づいていいものだろうか。恐る恐る運転席に近づき「大丈夫ですか、どこが痛いですか、苦しいですか」と声をかける。
 本人確認をしようと思い、「免許書を出せますか、携帯電話を持っていますか」と聞くがうなずくのが精いっぱいのようだ。
 たぶん骨折かひどい打撲で腕を動かすことができないのだろう。車から休出するのは諦めよう。そうなると私に何ができる?

 警察に電話していた男性が警察の質問の応対に困っていた。「石巻の雄勝です。雄勝のどこかわからないです。」と聞こえてきた。
 そのころには通りかかった車から様子を見に下りてきた人が何人かいた。その中に女川方面から来た地元ナンバーの50歳ぐらいの女性がいたが、ここの地名を答えられるほど詳しくなかった。山側の道路からのぞき込む男性も地元の人だがやはりわからなかった。
 山側の男性のほうを見ていたら前回山側を通ったときのことを思い出した。この景色は硯石の店があったところじゃないだろうか。
「エンドー硯店の前です」と電話している人に告げた。さっき立ち寄ったまちづくり情報館でエンドー硯店の記述を目にしたばかりだからすぐに店の名前がでてきた。

 さあ、これで救急車は来る。「もう少しで救急車来ますからね」と声をかけるが反応がない。工事関係者の人たちや地元ナンバーの女性と「どうしよう」と話をするが何もできない。
 通りかかる車が地元ナンバーなら「あの方、どなたか知っていますか?家族に連絡したいんですけど。」と声をかけるが誰もわからない。
 事故車が道をふさいでいるので、地元ナンバーでなければ事故現場の少し手前から迂回路の砂利道へ進むよう誘導した。私たちにできるのはこのぐらいだ。

 さっきの地元ナンバーの女性が様子を伺いに運転席の近くへ向かった。「えっ!」と声を上げ、表情が変わる。「ちょっと、もしかして」と言いながらぐったりしている女性のそばで「よしこさんじゃない?」と声をかけたが反応がない。
 誰かはわかったがご家族の連絡先までは知らなかった。

 心配して様子を見ていた別の地元ナンバーのおじさんと地元ナンバーの女性は知り合いのようで、「xxさんのところのお嫁さんのよしこさんよ」と女性がおじさんに話をする。
 田舎らしく車から下りてくる人たちは顔見知りばかりで、けがをしている女性のご家族のことは知っているが連絡先まではわからない。工事関係者、旅人、地元民、ここにいる全員がなすすべなく弱っていく姿を見守るだけだった。

 救急車のサイレンが聞こえてきた。電話をしてから長いこと待たされた感じだが実際にはさほど時間はたっていないだろう。工事関係者や地元女性に「私はもう行きますね」と告げて女川へ向かった。

つづく

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体力勝負の一人旅 No.398【東北沿岸部を行く】

【15日目・2016年8月4日(4)】

 神割崎をあとにして海沿いの国道398号線を南下する。もうじきあの新北上大橋だ。ゴールデンウィークのときに通行止めだったあの橋だ。もちろん今回は旅行に出る前に、そして昨日もネットで通行止めになっていないことを確かめている。

 もう海岸線から北上川沿いの道に入っただろうか。河口が広いのでどこからが北上川なのかよくわからなかった。
 通行止めで大きく迂回したときのことを思い出しながら、そして今回は確認しているとはいえ少し不安になりながら、あの橋に近づいていく。
 不安とは裏腹に追い風に乗って足は軽快だ。迂回したときも一つ上流の橋から海に出るまで追い風だった。軽快さが余計にあのときを思い出させた。

 橋が見えてきた。復興工事車両のダンプカーが次から次へと橋を渡ってくる。一安心だ。
 橋のたもとに来ると工事中の立て看板があった。一瞬どういうことかわからなかった。近づいてみると、車道は10月31日まで工事期間だが通行止めにはなっていない。歩道は現在も全面通行止めだ。
 大型の工事車両が行き交う中を気をつけながら橋を渡った。

 橋を渡り終えてひと山越えれば雄勝町だ。雄勝町へ行く前に寄りたいところがあり、左折し土手を下った。
 下流方向へ延びる道路の川側は更地、山側は更地の先に壊れた校舎が残っている。ここは旧大川小学校だ。
 震災の日、先生に引率された生徒は避難のため橋に通じる道に出ようと川のほうへ向かっていた。そのとき川を上ってきた津波に飲み込まれてしまったそうだ。地震後すぐに避難しなかったことや川のほうへ向かったことなどから人災と報道されたりもした。

 道路と学校の境には石を数個積み上げたものがある間隔で並んでいる。よく登山で見かける光景だ。
 校舎の近くに慰霊碑があり、何組かのかたが手を合わせに来られていた。

 生徒の避難ルートを私もたどってみる。右前方は北上川の土手があるので川の状況は全く分からない。突然、津波が土手を越えて襲ってきたらとてつもない恐怖を感じるだろうし、パニックになるだろう。
 橋のたもとの少し高いところから学校を見下ろしてもう一度手を合わせた。

 ひと山越えて雄勝町に下りてきた。正確には市町村合併を経て石巻市雄勝町だ。北上川から北は南三陸町、南は石巻市だ。今日の宿は市町村合併をしなかった隣町の女川町で、このまま国道398号線を進んであと20キロほどだ。
 ここでまた寄り道をしよう。国道を左折し、前回も立ち寄った雄勝の仮設商店街へ向かった。道の右側は波がほとんどない穏やかな雄勝湾の海が続く。途中、右側に前回はなかったプレハブ商店街ができていた。徐々に復興が進んでいるようだ。
 2キロほどで仮設商店街に着いたが人気(ひとけ)がない。どの店も閉まっている。貼り紙を見て移転したことを知った。さっきの商店街はここから移転したものだった。

 移転先の商店街はあまりお客さんがいなかった。そろそろ17時になる。前回は昼時だったし、ボランティアの団体が来ていたのでにぎわっていた。それと比較してしまうから寂しさを感じてしまう。
 なんで移転したのか店の人に伺うと、道路工事が始まったのが理由だそうだ。もともと2年間の約束だったから仕方ないんだ、と言っていた。オープンは震災の年だから4年以上はやっていたことになる。

 静かな海のせいもあるし、閑散とした商店街のせいもあるだろう、のんびりした時間が流れている。まだ明るいがもう17時だ。そろそろ女川へ行かないとまともな夕食にありつけなくなる。さあ出発しよう。

つづく


体力勝負の一人旅 No.397【東北沿岸部を行く】

【15日目・2016年8月4日(3)】

 1時間20分ほど食事休憩をして南三陸さんさん商店街を出発した。海沿いの国道に出て、これから向かう方の逆へ数十メートル走った。ゴールデンウィークにも訪れた震災遺構に手を合わせるためだ。
 この震災遺構は防災無線で避難を呼びかけている最中に津波に襲われた南三陸町防災対策庁舎だ。道路の傍らに自転車を止め、手を合わせた。
 ゴールデンウィークに見た景色と多少違っている。工事の柵の位置が変わったり、盛土の状況が変わっているかもしれない。毎日毎日復興に向けて工事をしているのだから当然景色も変わるだろう。

 石巻方面へ向けて海沿いを1時間ほど走り、『神割崎』の案内に従い左折した。南三陸さんさん商店街で仕入れた観光ガイドに載っていた観光名所だからだ。
 キャンプ場を過ぎ、さらに進むと神割崎の駐車場だ。そこから階段を下りること1分ほどで海に出る。見えてきたのは左右に分断された高さ30メートルぐらいありそうな大きな岩場だ。
 巨大な斧で割ったかのように割れ目は垂直だ。ガイドに載っている写真は割れ目の向こうから朝日が昇ってきている。

 まだ下まで続いているのでさらに下りて行く。もうすぐ海岸というところで右下からザブーンと大きな音を立てて水しぶきが上がった。
 予期していなかったのですごい迫力というより恐怖を感じた。すぐ下には『地盤沈下のため波に注意してください』と書かれた看板があった。震災前はどんな感じだったのだろうか。

 もう少し近づいてビデオを構えて波を待った。そういうときは大きな波は来ないものでさっきほどの波しぶきは上がらなかった。
 波しぶきを見ていたらリアス式海岸で津波が高くなる構造と似ていることに気がついた。わずかな岩の割れ目をめがけて波がやってくる。割れ目に集中した波が行き場をなくして高く打ちあがる。
 波を打ち上げた割れ目は斜め45度の角度がついている。だから波が発射台から発射するかのように勢いよく打ち上がるのだ。

 波の恐怖を感じているうちに昨日泊まったペンションのおばさんの話を思い出した。震災から5年経っているのにペンションのあった大谷海岸から海を見られないと言っていた。やはりそういうものなんだろう。
 もし道の駅『大谷海岸』まで迎えに来てもらっていたら海を見てしまったかもしれない。
 いや待てよ、道の駅から海が見えただろうか。ホーム跡や線路には気づいたが、海の記憶は残っていない。迎えに来ようとしたぐらいだから海はきっと見えていないのだろう。

つづく

下記URLに写真をアップしました。
http://yahoo.jp/box/aHTkZH
一部のガラケーからは見ることができません。申し訳ありません。


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