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ひたすら南下編

体力勝負の一人旅 No.264【ひたすら南下編】


【33日目・2011年9月14日(3/3)】

 天気雨が降ったりやんだりしているが冷却効果がない。手元の温度計は39度だ。斜度6〜7%の峠をガシガシと登っていく。汗がだらだらたれる。暑いけど、つらいけど、気持ちいい。今日は体力を使いきっていいのだ。

 国分の町の入口でファミリーマートを見つけた。試しにキャッシュカードを差し込んでみたが、やはり「取り扱いできません」のメッセージだった。
 この辺は地元のサイクリストに誘導してもらった道なので、どこを通ってきたのか記憶があいまいだ。ただここは見覚えがない。道に迷ったか。
 とりあえずGPSで確認し、線路を目指していると、「おっー、セブンイレブン発見」と声に出してしまった。

 できたてピカピカの店に入り、アルバイトではなさそうな人に、
「鹿児島にはセブンイレブンがないって聞いていたんですけど、ここは1号店ですか?」と尋ねた。
「1号店ではないです。4号店か5号店です。」
「お金がおろせなくて困っていたんです。これで生き延びます。」
 よっぽどうれしくて、店員さんとバカ話をしてしまった。

 ここまで40Km走ってきた。時間は13時40分。残るは13Kmの山登りだ。どんなにきつくても間に合うだろう。
 高度を上げていくにしたがって斜度もきつくなっていく。やんでいた雨がまた降り出した。飛行機が離着陸するほうを見ると、空港はもっと降っていそうな雨雲だった。
 下ったときに斜度9%の標識を見ていたが、ときどき9%になるのではなく、ほぼずっと9%だ。汗がたれる。これはきつい、けど楽しい。
 心拍数の上限値を気にせず、足の負担を気にせず、力を振り絞って走った。はるか昔、自転車旅行を始めたときの苦しかった山登りの光景が目に浮かんだ。

 鹿児島空港が見えてきた。266m登ってきた。もう終わりだ。空港の前にはまたセブンイレブンがあった。
 9月14日14時37分、私らしく小雨の中、鹿児島空港に到着した。

 自転車の分解作業中、あまりの汗臭さに気づいた。15時50分ごろ作業を終えて、空港内のシャワー室で汗を流した。
 自転車のところへ戻ってきたら、路面を濡らすほどの雨が降ったようで、輪行袋が濡れていた。
 ヤマト運輸の手続きを終えると、もう16時30分。到着が目標どおり16時だったら17時40分発の飛行機に乗り遅れていたことになる。
 搭乗開始時間ぎりぎりに搭乗口へ行き、辺りを見回したがわらじ娘はいなかった。

 機内に入ってほっとしたら、お腹が空いてきた。よく考えたら朝食のあとは「あっちん」しか食べていなかった。敦賀のおみやげ屋さんでもらった「敦賀名物かたパン」の残りを食べよう。

 今度はどこへ行ってどんな旅をしようかな。

 おわり

9月14日(水) 鹿児島空港
本日の走行距離 54.0Km
本日の登坂累計 460m

【走行データサマリー】
□1回目 7月31日〜8月6日 8日間
 走行距離 924.4Km
 登坂累計 5527m

□2回目 8月14日〜26日 13日間(移動日除く)
 走行距離 1321.7Km
 登坂累計 6578m

□3回目 9月5日〜14日 10日間(移動日除く)
 走行距離 1061.2Km
 登坂累計 7249m

□総合計 31日間(移動日除く)
 走行距離 3307.3Km
 登坂累計 19354m

長い間、お付き合いいただきありがとうございました。

体力勝負の一人旅 No.263【ひたすら南下編】


【33日目・2011年9月14日(2/3)】

 11時37分、道の駅垂水に到着した。昨日お世話になった美人女性にお礼を言っておこう。
 店の中に入ると昨日の美人女性がいない。いるのは男性だ。どうしようと思った瞬間。
「あー!」
 と女性の大きな声がした。声のほうを見ると、まさかのわらじ娘だった。私も「あー」と声を出して指差した。
 わらじ娘は「感動の再会だー」と言った。店の人には何が起きたかわからないだろう。ただ私たち二人を見ていた。
 そしてわらじ娘が店の人にいきさつを説明した。
 3人ともあまりの偶然に驚いていたが、このお店が人を引き寄せているのだから偶然ではないのかもしれない。
 わらじ娘が来たので、店の人は姉である昨日の美人女性を呼び寄せている。こうして集う場になっていく。

 二人とも同じ飛行機に乗ることがわかり、わらじ娘に
「どうやって行くつもりなの」と訊くと、
「バス」
「そこから空港行きのバスが出ているよ」とお店の人が教えてくれた。
「本当ですか。時刻表見てこよう」と言って外へ走っていった。
 わらじ娘は帰りのスケジュールを考えずに行動しているようだ。危険を感じる。

 お店の人に「どこから来たの」と訊かれ、その流れで、
「神奈川にいらしたことはありますか」と訊いたら
「箱根に行きましたよ。今年のゴールデンウィークのあとだったかな。」
「どうでしたか、箱根。」
「やる気なさそうでしたね」
 箱根のどこでそう感じたか知らないが、ちょっとショックだった。
「まだ地震の影響を受けていたころですからね」
 とフォローした。確かにお客さんが戻ってきていない時期ではあったし、ホテルの臨時従業員が解雇されていたころかもしれない。でもここ大隈半島の人からしたら、箱根はそう思われてしまうかもしれない。

 わらじ娘が戻ってきた。
「1時30分と4時がありました。空港までどのくらいかかりますか?」
「何時の飛行機?」と店の人。
「5時でしたっけ?」とわらじ娘は私に訊く。
「5時20分だか40分」
「それじゃあ4時は危ないから1時30分に乗っていきな」と店の人。さらに私にも
「ヤマト運輸は道の駅でも取り次いでいるから、バスで行ったほうがいいよ。」と言ってくれた。時計を見るとそろそろ12時だ。今から分解作業とヤマト運輸の手続きをすると、バスに乗り遅れる可能性もある。
「空港まで自力で行きます」と答えた。

「ここのお店にお礼を言いに来たら」と言いかけたら
「私もです。私も。『ありがとうございます』っていいに来たら、いるー。」
「何時間前に来たの」
「今来ましたよ」
「うそー」
「今ですよ。あたし今来ましたよね」と店の人に同意を求めた。
「うん、だから待ち合わせしたのかなと」
「してなーい」と手を横に振った。会話しながらも携帯電話でなにやら打ち込んでいた。

 休憩回数を減らしたいので、「お腹にたまるソフトクリームが欲しい」と言ったら、「あっちん」というサツマイモの上にソフトクリームが乗っているものを出してくれた。あったかいお芋とソフトクリームの組合せは絶妙だった。

 実は現金不足の問題があった。鹿児島で3泊した。北海道を除けば一番滞在している都道府県だ。すべてカードを使えなかったので、もう残りは7千円ぐらいしかない。それもあって、ここでヤマト運輸に4千円払うことを躊躇した。
「このところセブンイレブンを見かけなくて・・・。お金をおろせるのがセブンイレブンだけなんでよ。」
「見ないですね」とわらじ娘。
「空港へ向かう途中にセブンイレブンはないですか?」と店の人に訊くと、
「鹿児島にはセブンイレブンないよ。今年の春に1号店ができたってニュースで言っていたぐらいだから。」
「えー、そうなんだ。」とわらじ娘。私のほうが「えー」と言いたい。
「ファミリーマートで鹿児島銀行が使えるように最近なりましたよ」と店の人が教えてくれた。

 居心地がいい。もっとここでおしゃべりしていたいが行かなければ。
「空港で会おう。見かけなければ乗り遅れたと思って。」とわらじ娘に言って外へ出た。
 店の人は外にいたので、私が出てくるのを見て
「もう行くんですか。もうすぐ姉が来ますから。」
「道の駅でトイレに行って戻ってきます」
 なかなか立ち去れない。
 ここでの休憩時間が30分に達したところでタイムリミット。「残念ですけどもう行きます」と言って泣く泣く出発した。

 つづく

体力勝負の一人旅 No.262【ひたすら南下編】


【33日目・2011年9月14日(1/3)】

 昨夜はこの旅で初めてビールを飲んだ。キャンペーン価格のセットに含まれていたからだ。すっかり酔ってしまい、堤防で星を眺めながら酔いをさました。
 部屋に戻って明日以降のことを考えた。もう1日滞在したいほど居心地がいい町だが、だらだらと過ごすのは日本縦断の旅にふさわしくない気がする。飛行機の空きしだいだが一応明日帰ることにしよう。
 携帯電話で飛行機の空き状況を確認すると、朝一の便以外は満席だった。
 空港の13Kmぐらい手前にある国分という町まで行って、何とかチケットを手配してもらい、そこからバスで空港へ行くことにした。

 チェックアウトのときフロントにいたのは、チェックイン時と同じ女性だった。
「いいホテルだったし、いい町だし、もう1日いたい気はあるけど今日帰ります。」
「部屋は空いてございますよ」と笑顔で言われた。
「その誘惑に負けそうだ」
 ヤマト運輸の営業所を確認するために、ハローページの拝借と公衆電話の場所を尋ねた。
 すると、公衆電話がないのでホテルの電話を貸してくれるという。このホテルでもヤマト運輸の取次ぎをしているので、桜島を観光したあと自転車をここから送って、バスで空港へ向かったらどうかと提案してくれた。
 確かにここなら温泉がある。半日走り回って、お風呂に入って帰る手もある。でもそんな甘い考えは駄目だ。予定どおり自力で空港方面へ向かわなければならない。

 ヤマト運輸に問い合わせをしたら、国分に営業所はあるがそこから公共交通機関を使える場所までは車で10分かかるという。鹿児島空港なら営業所があるそうだ。「斜度9%の山を登るのか」と頭をよぎった。
 フロントの女性に今の内容を伝えた。
「飛行機の空き状況でどうするか決めたいんですけど、パソコンがないのでわからないんですよ。」
「お客様がお使いになられるパソコンがこちらにありますよ」
 昨日のうちに知っていればもっとスピーディーに事が運んだかもしれない。
今日の空きがなくて、明日のが取れれば、ここにもう1泊して桜島を一周しよう。両方空いていたら?悩むだろう。

 宿泊客の通り道からは見えないような奥まったところにパソコンはあった。しかもそのエリアは節電のために照明が落とされている。昨夜は完全にここは真っ暗だったと思う。
 このホテルも節電は徹底しており、廊下はクーラーが入っていなくて扇風機が回っていた。

 今日17時40分発の便が2席空いていた。明日はすべて満席だ。とりあえず17時40分の便を予約した。あとはどうやっていくかだ。
 自転車に荷物を積みながら考えた。空港まで自力で行くとすると、自転車の分解作業などを考慮して16時には空港に着きたい。地図で大まかに距離を確認すると60Kmだ。ここでの計算ミスは許されないので、少し多めに足し算をした。
 5時間で60Km。最後の13Kmは激坂。休憩時間を1時間に抑えれば間に合うだろう。「本当に行けるか」と自分に確認した。「無理ならここからバスにしたほうがいいぞ。途中で断念はできないぞ」と念を押した。
 挑戦の旅の最後にふさわしく、やるしかないと思った。

 フロントの女性に状況説明して、
「空港まで自転車で行くことにしました」と言った。
「無理そうだったらタクシーに乗ってくださいね」
「駄目だったら戻ってくるかもしれません」と言い、10時51分に宿を出発した。

 3日前に泊まった宿まで来た。楽天に登録したあの宿だ。無事佐多岬まで行けたことを報告していこう。
 中に入るとおじさんが出てきてくれた。
「こんにちは。佐多岬まで行ってきました。これから帰るところです」と言うと、
「お茶飲んでいかんですか」と言ってくれた。時間があればそうしたいところだが、泣く泣くお断りした。「お仕事がんばってください」と言い残して、見送られながら出発した。
 しかし昨日の宿を経験してしまうと、おじさんの挑戦は正直厳しいと思った。

 「がんばろう東北がんばろう漁村」と書かれた看板が右側に出てきた。ここを通ったのは4回目だが今まで気づかなかった。見えているものは本当にわずかなんだなと感じた。

 無意味な新道の橋を左に見ながら旧道を行く。そして想定外の雨が降ってきた。出発時点は晴れていて、日焼け止めを塗りたくったほどだった。まあ恵みの雨だ。
 昨日も気づいていたが、入り江に浮かぶ船とそこに架かる橋の大きな写真の看板があった。そこには「災害に強い道づくり」と書いてある。私には無意味でも当然住んでいる人には意味ある橋だ。

 つづく

体力勝負の一人旅 No.261【ひたすら南下編】


【32日目・2011年9月13日(3/3)】

 まずは道の駅の公衆電話で桜島の国民宿舎を予約した。国民宿舎の割には高価だった。
 向かいのお店はソフトクリームを売っていた。北海道で食べ損ねたソフトクリームを食べよう。
 店に入ると「ここどうぞ」と座っている人が席を立った。店の人かと思ったら常連客だった。今度は店主の方だろうか、美人女性が気さくに話しかけてきた。この店の雰囲気は何だ?あまり味わったことがない雰囲気だ。
 「親切な人」「お客さんにわらじを売っている場所を聞いてくれた」という情報から、年配の方が経営している暇な店を想像していた。
 実際は、仕事帰りに集う場で、30代後半に見える美人女性と友達感覚の会話をして長居せずに帰っていく。ほぼ毎日寄っている感じだ。こんな雰囲気だからお客さんどうしも打ち解けている。

 私がわらじ娘の話をすると、美人女性もお客さんもみんな気になってその話題だ。わらじ娘がここに寄ったのは昨日かおとといだと思うが、全員が知っていた。
 この土地の人は親切で、自分にできることはないかと考える習慣があるみたいだ。何人かのお客さんは車でわらじ娘を追跡して、飲み物などの差し入れをしてきたそうだ。そしてツイッターで報告する。
 美人女性からも「ツイッターやってる?」と訊かれてしまった。ツイッターのことがさっぱりわからないので訊いてみたが、美人女性もこの間セットしてもらったばかりでよくわからないらしい。
 それでも私とツーショットを撮って、ツイッターでわらじ娘に報告していた。

 話題は私の今夜の宿のことになり、「そんなに高いの?」という話になった。すかさずお客さんが「いいとこ知っているよ」。ほかのお客さんもうなづいている。
「温泉が最高で二食付いて5,800円」と誰かが言った。
「国民宿舎、キャンセルしちゃいなよ」
 すると背後から紙が出てきた。その宿のちらしを美人女性がスッと差し出したのだ。場所は垂水だ。
「どこですか、近いですか?」
 10Kmぐらいだとか、13Kmはあるとか、国民宿舎より近いとか、お客さんどうしで話し始めた。途中から店に入ったお客さんは「花屋の角を曲がる」だとか言い始めた。あるお客さんは「俺、もう帰るから付いてきなよ」という。美人女性が「自転車よ」と割ってはいる。
 さっき「花屋の・・・」と言っていたお客さんが「俺の車に詰めれるようだったら乗っけてってやるよ。長さ何センチだ?」
 とんとん拍子で話が進み、美人女性がフロントに電話をかけ、空きを確認した。あとは私が国民宿舎をキャンセルして完了。

 13Kmぐらいならばもちろん自力で行くつもりだったが、せっかくの申し出なのでお願いした。タイヤを外して車に乗せて出発だ。後部座席のシートをチェーンオイルで汚してしまったが、「いいよいいよ会社の車だし、どうせ汚いもの乗せてるんだから」と言ってくれた。
 わらじ娘もこれにはまって、来月も来たくなったんだろう。
 車の中でも、人のつながり、温かみがある土地だなと思わせるエピソードをいくつも話してくれた。

 この宿は国民年金の無駄使いを指摘され、いの一番に営業停止になったところだと、送ってくれた人が教えてくれた。
 宿の駐車場で自転車を組み立てていると、日帰り温泉客のおじさんが話しかけてきた。本当に気さくに話してくる人が多いし、時間に追われていない感じがする。

 フロントの女性はさっきお世話になった店の常連客つながりだった。このキャンペーン価格は昨日までが販売期限で、しかも二人以上が条件だった。しかし特別に適用してもらえた。
 普通に泊まったらいくらか尋ねたら、素泊まりでも7千いくらとか言っていた。ラッキーを通り越して、感謝、感謝である。

 フロントの女性から「日本縦断されているんですね」と言われた。美人女性からの情報かと思ったら、日帰り温泉に来たお客さんが「日本縦断している人が来るぞ」と教えてくれたそうだ。
 この調子だと、わらじ娘が来月来たときにはあちこちで接待を受けたり、「帰ってきたか」と声を掛けられていそうだ。この町で悪いことはできない。

9月13日(火) 垂水
本日の走行距離 83.5Km
本日の登坂累計 754m

体力勝負の一人旅 No.260【ひたすら南下編】


【32日目・2011年9月13日(2/3)】

 宿から2時間弱、30Kmちょっと走って根占の町に来た。ここのヤマト運輸に輪行袋一式を送ってあるのでそれを受け取った。そしてレンタカーの場所を訊いてそこへ向かった。レンタカーの無料キャンペーンの詳細を確認するためだ。
 フェリー乗り場に営業所があるそうだ。そういえばフェリーの時間は11時、13時、15時と宿の人が言っていた気がした。今は12時46分、チャンスかもしれない、薩摩半島へ行っちゃおうかな。
 フェリー乗り場で時間を確認すると11時の次は15時だった。私の聞き違いだった。

 2階にあるレンタカー営業所へ向かった。階段を登っていくと椅子に座ってこっちを見ている若い女性から元気よく「こんにちは」と挨拶された。レンタカーの人かなと思ったが、さすらいタイプの旅行者の格好だ。
「旅行しているんですか」と訊くと「そうです」と言い、「旅行しているんですか」と聞き返された。
「北海道から自転車で」
「それってすごくないですか、どこ通ってきたんですか。」
 とノートに手書きした日本地図を出してきた。その地図は緑で塗ってある県と白い県があった。全権制覇を目指していることはすぐにわかった。
「全部行くの?」
「たったの47しかないんですよ」
 関東は大体塗られていたがまだ全体の2、3割だろうか。
「鹿児島空港からわらじで歩いてきたんです」
 信じられない、こんな無茶な人がいるなんて。
「一人?」
「そうです」
「ずっとわらじで?ここまで何日?」
「2日半です」
 ここまで80Km以上はありそうだ。普通のシューズならわかるけどわらじはすごすぎるぞ。さすがにわらじでの挑戦は今回が初で、緑で塗られている県は普通の旅で訪れた場所だった。
 彼女は山形出身の女子大生で都内在住だ。一度ここに来て、とても気に入ったのでまた来たそうだ。とにかく親切な人が多くて来月もまた来ると言っている。
 やりたいことだらけで、前向きで、行動力があって、ちょっと無茶で、明るくて、こういう若い人と話をしているだけで、元気をもらえてこっちも若返った気分だ。

 私の歩き旅の経験で「杖があるといいよ」というと、早速メモをしていた。
「ツイッターやってますか?」と訊かれたが、残念ながらやっていない。どうもツイッターで自分の足取りをつぶやいているようだ。
「この足見てくださいよ」
 と、短パンで歩いてきた足を指差した。日焼けで真っ赤だった。日焼け止めを塗らず、若さを感じる。
「自転車で縦断よりもわらじのほうがすっごいよ」
 と言っても
「わかってます?日本縦断ですよ、そのほうがすごいですよ。」
「自転車は走っていれば進むんだから」
「歩きだって歩っていれば進むんだから」
 と一歩も譲らない。すごい子だ。30分ほど話したのでそろそろ出発しなければ。今日は桜島に泊まると言ったら、
「道の駅垂水を通りますか」
「通るよ」
「その前にあるお店の人が親切で、わらじを売っているところがないかいろんな人に訊いてくれたんですよ。わらじの子に会ったよと言えばすぐわかると思います。寄ってみてください。」
 桜島へ行く前に寄っていくことにした。
「がんばってね」と行って別れたが、無謀すぎて心配だった。

 レンタカーのほうは、指定の宿に泊まると無料になるキャンペーンだが、私はその宿に泊まってから2日経っているのでキャンペーンの権利を失っていた。
 どうせわらじ娘と話しているうちに、レンタカーを使う気はなくなっていた。やはり自力で旅をしよう。

 手元の温度計は36度で昨日に比べれば涼しく快適だ。今日もママチャリ作成はやめてがんがん走っている。このほうが満足感はある。
 16時を過ぎて、そろそろ桜島のほうへ行く道だ。道の駅がちっとも現れない。そのうち、道の駅1Km先右折の看板が現れた。右折するところは、左折して桜島に行く交差点しかない。ということは、・・・。
 この交差点より手前に道の駅があると勘違いしていた。地図で確認すると桜島と逆方向へ行かなければならない。ざっと2Kmぐらいだろうから行ってしまおう。明日はここを通らずに、船で鹿児島市へ渡る可能性もあるだろうから。

 おとといは新道の無意味な橋を渡ってボトルを落としたが、今日はもちろん旧道を走る。
 2Km走ってもまだ現れない。どこまで行くんだと思いながら4Km走って到着した。これでわらじ娘との約束を果たせる。
 北海道や東北、北陸の道の駅では、トンネルなど特別なことがなければ2Km手前に標識が出る。鹿児島はそういう基準が適用されていなさそうだ。

 つづく

体力勝負の一人旅 No.259【ひたすら南下編】


【32日目・2011年9月13日(1/3)】

 昨日目標を達成した。あとはどうやって帰るかと、残り日数をどう過ごすかだ。今のところ明日帰ろうと思っているが、あさってでもかまわない。
 昨夜はのどかな環境にどっぷり浸かってしまい、これからのことは考えなかった。さて、どうしよう。

 使えそうな空港は鹿児島と宮崎だが、スカイマークが飛んでいる鹿児島に決めた。ただ鹿児島空港へ行く斜度9%の登りは避けたいので、大きな町まで行って終了にしよう。

 来た道を戻るか、フェリーで薩摩半島に渡って北上するか、他の観光地に行くか、はたまたレンタカーの無料キャンペーンを利用して霧島へ行くか、選択肢は多い。
 朝ごはんを食べながら、宿にあった鹿児島のガイドブックを読んだがあまり魅力を感じるところがない。
 ちょうどNHKのニュースで桜島と新燃岳の降灰予報をやっていた。天気予報と同じ扱いで毎日放送している。桜島を堪能できなかったのが心残りなので、今日は桜島に泊まることにした。とりあえず昨日来た道を戻り、明日のことは今晩考えよう。

 3日前からスピードメーターの発信機側の電池切れサインが出ていた。出発前に交換しておこう。
 自転車をロビーに置いているので、そこで作業に取り掛かったが、節電のためにクーラーが入っていなくて暑い、照明もかなり抑えられている。もちろん客が2名とうこともあるだろう。
 電池交換した後に正常作動しなくなってしまい、四苦八苦しているうちに汗が出始めた。
 結局、受信機側を出荷時設定に戻して準備完了。こんなことに手間取っていたので、10時28分の出発になってしまった。

 激坂の県道をかみしめるように進んだ。トンネルの完成日を確認したら2002年8月だった。やはり10年前はなかったのだ。
 GPSを見ながらすぐに合流してくれる旧道を積極的に走った。ある旧道は地図では合流しているのに、新道ははるか上を通っている。昨日橋の上から眺めた旧道を走っているようだ。この旧道は大変だぞ。
 旧道沿いに畑があったり、磨崖仏へ通じる道があったりして、この旧道はこれからも残りそうだ。
 橋に通じるきついきつい坂道を楽しんで登った。好き好んできつい道を選択するのだからおかしなものだ。

 昨日、旧道を残しているのが疑問だと感じた短い旧道を再び通った。今日はコミュニティーバスが止まっている。運転手はいない。バスの駐車場として利用しているのかも知れないが、こんな山道に設けなくもいいと思う。

 国道沿いの台場というところに砲台跡があった。今日は寄り道をして行こう。解説文には、生麦村(現横浜市)の生麦事件のことが書いてあった。南の端まで来て、地元神奈川の話題に触れるのは変な感覚だ。
 狭い日本、つながっているんだな。

 つづく

体力勝負の一人旅 No.258【ひたすら南下編】


【31日目・2011年9月12日(3/3)】

 宿に戻ってフロントのおじさんに、道の駅での距離表示が他よりも長いことを話した。道が改善されて短くなったという答えを期待していたが、おじさんはメモを取ってもう一人のおじさんになにやら話していた。確認して間違っていたら修正してもらおうとしてそうだ。
 この宿は今年の春から町営に変わった。だからそういう気になるのかもしれない。

 近くに食べるところがないから珍しく二食付きでお願いした。出てくる料理は予想どおり私の苦手な魚ばかり。しかしこれがおいしくて全部平らげてしまった。
 中には珍しいものもあって、「味噌汁の中に入っているのは亀の手です」と紹介された。箸で持ち上げると本当に亀の手で「げぇー」と思ったが、「実は貝の一種です。だしも出るし、割って中を食べられます。」とおじさんは言った。
 フロントにいた二人のおじさんが料理も給仕もしている。閑散期だから二人ですべてをやっているらしかった。

 シーズンオフのためか、50人以上は泊まれそうなホテルに宿泊者は2名のみ。それでも食堂には十五夜にあわせて、ススキとお餅が飾ってあった。
 ホテル前は人一人いない静かな海だった。月明かりの中、桟橋に寝転んで星を眺め、こういうところはいいなと思った。そして岬を目指しているときに思い浮かばなかった顔を、ここで思い浮かべていた。
 もう1泊したいな。

 峠らしい峠がないのに今日も登坂累計が1000mを超えた。いかに斜度がきついアップダウンであったかがわかる。

9月12日(月) 佐多岬
本日の走行距離 85.3Km
本日の登坂累計 1038m

体力勝負の一人旅 No.257【ひたすら南下編】


【31日目・2011年9月12日(2/3)】

 県道に入って登り始めると対向車が止まった。地元の車でおじさんがこっちを見ている。何かなと思ったら「お疲れさま」と言われた。観光の町だから私みたいな人を思いやってくれるのだろうか。

 県道は10年前と様相が違っていた。道は広くなり、ショートカットルートができ、トンネルや橋もできた。10年前、何箇所かで工事をしていたからその完成形を見たことになる。
 10年前はもっと細い道をくねくねと登ったり下ったりした印象だった。その面影は残っていて、旧道が閉鎖されていない部分が何か所もあった。当時を思い出そうと旧道を走ってみた。
 両脇は草が生えてきているが充分走行可能。すぐに新道に合流した。他に通じる道もなかったし、なぜ旧道を残しているのか疑問だ。

 斜度10%が続く坂道を登り、下りに入る。これはスピードが出そうだ。時速56キロに達したところで、前の車に追いついてしまったのでブレーキをかける。
 ちょうどそのとき左側に旧道が残っていたので、車に近づきすぎる前に旧道に入った。木々のトンネルができていて、右に左にと垂れ下がる葉っぱをよけながらの走行になった。車は来ない、人もいない、楽しい道だ。
 新道に合流して橋を渡ると、下にはくねくねとした旧道が見える。この旧道は行かなくてよかったと思うほど、低い位置まで下っていた。

 最南端タクシーに最南端郵便局など「最南端」づくしで、いよいよホテルだ。案外早く県道を通過できて、15時にホテルに着いた。ホテルの外観は変わっていない。
 不要な荷物をホテルに預けて、そのまま最南端の地を目指すことにした。後ろに2つ積んでいるバックを1つ降ろして、必要なものを逆側のバックに詰め込んで出発だ。

 最南端の地へ行くには厳しい坂が待っている。最大で最後の難関だ。道が細く、普通の観光客は使わない道だと思うが、メインの道で行くよりも大幅にショートカットできる。
 平均斜度は13~14%ぐらいだ。17%が続くところもある。荷物を降ろしていなければウィリーしていたかもしれない。ところどころで最大斜度19%に達した。
 やはり最後はこのくらい厳しくないと面白くない。これで達成のしがいが増してくる。
 ここの下りは危ないのでゆっくり下った。

 この道を抜けると、昔の有料道路に合流する。これがメインの道だが、それでもかなりの急坂だ。もう斜度に対する感覚が麻痺している。7%だったら楽なものだと思ってしまう。
 そして下り。今度こそ時速60キロオーバーがでそうだ。大きなカーブを曲がりながらどんどん加速していく。
 次の左コーナーに入る手前からついにブレーキをかけ始めたが、全然減速しない。後輪がロックした。多用できない前輪ブレーキに手をかけた。しかし両輪とも滑っている。まったく制御不能だ。転倒寸前で、コーナーを曲がることより転ばないようにするだけで精一杯だった。
 自転車はほとんど曲がらずに逆車線を横切り、路肩で止まった。対向車が来ていたら終わりだった。もうスピード記録に挑戦するのはやめよう。

 有料道路は無料になったと聞いていたが、料金所が現れて止められた。10年前はここでUターンした。この先、自転車は通行禁止だったからだ。
 500円払って先へ進んだ。まだまだ先はあるらしい。

 相変わらずの坂道を登っていく。ゆっくりゆっくりと、ここまでの行程やお世話になった人の顔を思い出しながら走った。
 大きなガジュマルの木と公衆電話ががある駐車場に到着した。公衆電話には「本土最南端の公衆電話からメッセージを伝えませんか」と書いてあった。

 ここに自転車を置いて150mぐらいのトンネルへ入っていく。15分ほど歩いて展望台に到着した。ここが本土最南端だ。
 本土最南端の看板の横には、「日本本土最端地」と題して東西南北の端の地名が書かれていた。最北端の稚内市へ行ったのは随分と前のように感じた。最東端の根室市も行ったことがある。最西端は長崎県小佐々町と書いてあった。ここだけは行っていない。やばいものを見てしまった。いつか行かなければならないだろう。

 展望台にはあえて「無料」との貼り紙があった。以前は有料だったらしい。昔はいったいいくらお金を払えばここまで来れたのだろうか。
 今ではまったく不人気で、歩いている途中には廃虚になった食堂があった。「コニカカラー百年プリント」や「サクラカラー」や「Konica撮れぞうくん」のシールが貼ってあったから、15~20年ぐらい前は現役だったのだろう。

 展望台に登ると、これまた驚きだった。外側のガラス窓が割れたままで、ほとんど枠組みしか残っていない。1mぐらい手前に新たな柵が設けられているが、仮設状態で金網を張ってあるだけだった。これもところどころ破損していて、外側に出ようと思えば出れてしまう。
 係りの人に尋ねたら、自然の風雨で壊れてしまい、重機が入らないから補修しようがないらしい。
 この廃れようは伊豆の石廊崎とダブルものがある。行き止まりになってしまうこういう場所の人気はもうないようだ。

 駐車場まで戻ってきたら自転車が倒れていた。強風だから倒れたのだろうが、バックを右側だけに積んでいるから倒れやすかったのだろう。オーバーランしたときも左に曲がってくれなかったのはバランスの悪さが影響したのだろう。

 帰りに転倒しそうになったところの斜度を計測したら11%だった。
 その次のカーブでは落石で左車線の3割ぐらいが通れない。来るときは気づかなかったから、展望台に行っている間に発生したのだろう。最南端の地はリスクが高い。

 つづく

体力勝負の一人旅 No.256【ひたすら南下編】


【31日目・2011年9月12日(1/3)】

 宿のご夫婦と話しながら自転車に荷物を取り付けた。奥さんが「あそこの屋根、灰がたまっている。雨が降るといいけどね。」そして山のほうを見て、「山のほうは雨かもしれないね」と言った。
 桜島は白い煙をもくもくと吐き、山に沿って西へ進んでいる。昨日は灰色の煙だった、もしかしたら噴火直後だったのかもしれない。

 9時33分に宿を出発してすぐに小雨が降ってきた。これは恵みの雨だ。灰を洗い流す効果はないが少しは涼しくなるだろう。
 しかしその期待もむなしくすぐにやんでしまった。

 今日は佐多岬の直前にある宿まで行くつもりだ。宿まで約100Kmで、宿から佐多岬往復には2時間ぐらいかかるだろう。旅のゴールである本土最南端の地、佐多岬へは明日アタックしよう。

 口の中が少しじゃりじゃりしている。桜島の灰だろう。昨日も今日も東風なので、桜島の煙はこちらではなく鹿児島市へ流れている。それでこの状態だから風下だったらマスクをしたくなるかもしれない。
 自転車旅行を始めたころ、長いトンネルでマスクをしていたことを思い出した。

 国道220号線、県道68号線、国道269号線と乗り継いで、ずっと錦江湾沿いを南下している。透き通った海に砂浜、ここからの眺めは最高だ。
 向かい風だったり、追い風だったりしながらも順調に進む。休憩のときは例のごとく、長袖を濡らしてクーリングしている。
 そのくらい暑いが、気持ちいい暑さというか、やる気が出る暑さというか、表現が難しいけど「がんばっているぞ」と感じられる暑さだ。
 体力を温存する必要がないから今日はママチャリ作戦をしていない。これもがんばっている感を増幅させる。

 ときどき現れる佐多岬への残り表示が気になった。表示される地名が「佐多岬」だったり「佐多岬ふれあいセンター」だったり、他にもいくつか微妙に違うが、どれも私の計算より遥かに短い。また計算ミスをしたか、勘違いしたようだ。

 13時ごろ道の駅根占で予定の宿を予約した。まずは一安心だ。ここが駄目だったら、かなり手前の宿を探すことになり計画が大幅に狂うところだった。
 宿まで到達できそうな場所まで行かないと予約できないのがこの旅行の宿命だ。
 道の駅の観光案内図に佐多岬までの距離が載っていた。それによると60Km。今まで見てきた距離表示より20Km遠い。これなら私の計算に近い。

 もうそろそろ海側を通る国道269号線が終わり、山に入っていく県道になる。それを15Kmぐらい走るとホテルだ。
 山に入るとお店はおろか自動販売機もなかったと記憶している。ここまでも斜度5~7%は当たり前の道だったが、この先は半端ではない。その直前で最後の補給をしよう。
 最南端のACoopで補給を済ませ、いよいよベースキャンプに向けたアタックだ。そんな気分だった。

 つづく

体力勝負の一人旅 No.255【ひたすら南下編】


【30日目・2011年9月11日(3/3)】

 もう辺りは暗い。しかしまだ宿を押さえていない。Googleマップ情報によれば10Km弱先に海潟温泉があり、そこに3軒宿がある。そこを当たってみるつもりだ。

 海潟に入り、右側に1軒目の宿の看板を見つけた。そしてそのとき雨が降ってきた。選り好みせず、ここにしよう。
 ところが満室だった。10mぐらい先にも宿があったので、電話してみたらお休みだった。残るは最後の1軒だ。
 最後の1軒へ行ってみたら空いていた。しかし素泊まり専用の宿だった。もうそろそろ19時だし、雨なので次の町まで行きたくなかった。ここにしよう。

 この宿だけは温泉ではなかった。しかし目の前に江ノ島温泉という公衆浴場がある。宿のおじさんが懐中電灯を持って案内してくれた。
 真っ暗な路地を入っていく。風が吹いて砂が顔面に当たった。「わっ、砂だ。」と言ったら、おじさんは「灰です」と言った。積もっていた桜島の灰が風で舞っている。

 宿に戻ると、私の旅を知って、訊きたいことがあるという。
 楽天に登録したので、お客さんの目を引く企画を考えている。それについて意見を求めてきた。さらにここの宿の問題を指摘して欲しいという。

 まず、客層を訊くと、私みたいな自転車やオートバイの人が30%。その人たちのほとんどは佐多岬に行くそうだ。他には釣り人、工事関係者などだ。
 正直に思ったことを伝えた。私の意見も2つぐらい採用してくれそうだった。
 もう60歳を過ぎていそうな夫婦が経営していて、部屋数は5部屋。築60年だか80年だか言っていた。こんな状態でも投資をして新しいことに挑戦しようとする意気込みに感動した。

 1時間ぐらい話したが、おじさんの目は輝いていた。
 楽天のページを見たことがないというので、まずそれを見たほうがいいですよ、と正直に言った。

 今日の走行データを確認したら登坂累計は1,087mだった。これは八幡平に登った1,222mに次ぐ2番目の記録だった。

9月11日(日) 垂水市海潟
本日の走行距離 118.8Km
本日の登坂累計 1087m

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