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ジョギングで観光地巡り編

体力勝負の一人旅 No.200【ジョギングで観光地巡り編】


【第2回姥子(うばこ)~仙石原 後編】(2011年2月19日)

 県道の左側には保養所や別荘用に開拓された地域が広がっている。バス停を見ると仙石高原となっている。
 おしゃれなレストランが見えてきたと思ったら閉まっている。土曜日で閉まっているということは廃業したのだろう。

 もう少し進むと「仙石原高原案内板」があった。道路は碁盤の目のように整備されている。碁盤の目というと京都をイメージしてしまうが、平坦ではなくかなりの傾斜地にある。
 パッと見た感じ、路面は荒れているので整備されてからだいぶ年月が経ったのだろう。

 広域図もあったので現在地を確認する。そろそろ宮ノ下と御殿場を結ぶ国道に出るころだろうと思っていたが、姥子からその国道までの半分も進んでいないことがわかった。こういうときに時計を見たり、進んだ距離を確認したりすると気持ちが後ろ向きになる。そういうものを見ずに走り始めた。

 するとすぐに辺り一面がススキ野原だ。なんてきれいなんだろう。秋に来れば最高の景色だろう。
 大きな石碑が建っている。「仙石原湿原植物群落」と書いてある。しかし地面は乾燥していて湿原には見えない。近くに解説文が書かれた掲示板があった。5枚の横長の板を縦につないであるが、つなぎ目が朽ちていて文字の一部が消えている。昭和52年に設置されたものだった。
 ススキ野原は風を遮るものがないから立ち止まっていると寒い。ウィンドブレーカーを着て出発しよう。

 ススキ野原を過ぎると星の王子さまミュージアムがある。ここまで来てようやく観光地らしく賑わってきた。

 ずっと下り続けて国道138号線に出た。右は宮ノ下、小田原方面。左は乙女峠、御殿場方面。もちろん右に曲がる。宮ノ下まで下りだろうか、それともアップダウンがあるのだろうか。ここに来て登りがあるときついかもしれない。

 1箇所だけ緩やかな登りがわずかな距離だけあったが、あとはどんどん下っていく。宮ノ下まで6Km、小田原まで20Kmの標識が出てきた。もしかすると小田原まで行けるかもしれない。ここで走行距離を確認すると27Km。小田原ゴールを意識しつつ、駄目ならば湯本で電車に乗ろう。

 「碓氷峠・日本武尊碑」の案内表示を発見したので、そちらへ行ってみた。5メートルほど入ったところに碓氷峠登山口の石碑があった。峠まで二丁と書かれている。36丁が1里だったかなぁ、東海道を歩いていたときは覚えていたがもうすっかり忘れてしまった。
 その石碑から日本武尊の文字と甲斐信濃の文字は読み取れたが、カタカナ混じりの昔の文章の意味を理解することはできなかった。

 宮ノ下のコンビニで休憩し、コーヒーを一気に飲んで、一気に下ろうとしたが、右の横っ腹が締め付けられるように痛くなってきた。ペースを落として下っていくことにした。

 湯本が近づくといつもの渋滞が始まっていた。走りづらいので国道をそれて温泉街に行ってみる。
 温泉街で発電所跡の案内板を発見。なんとこの地に「箱根電燈発電所」があったのだ。それも京都蹴上発電所の翌年に作られていて、日本で2番目の発電所だった。明治の話だ。
 その後、大容量の湯本発電所の建設によって廃止になったそうで、10年弱の短命だったらしい。帰ってからインターネットで湯本発電所を検索したが出てこなかった。ここも新しい発電所に取って代わられたのかもしれない。
 跡地には吉池旅館が建っており、吉池旅館の入口横には石碑があった。石碑には日本水力発電発祥地跡、国産発電機第一号と書かれていた。

 湯本駅前で一休みしたあと、もうひとがんばりしよう。
 入生田にある生命の星地球博物館付近から旧東海道に入るとみかんの無人販売店があった。ここで1Kg200円のみかんを買ってリュックに閉まった。さすがに重い。少し進むと今度は100円で売っている。この辺りは農家が軒先などでみかんなどを販売しているのだ。

 16時30分ごろ自宅に到着。約6時間30分で47.71Km走った。明日もダメージは残りそうだ。

2月19日(土)
小田原→早雲山→姥子→仙石原→宮ノ下→小田原
本日の走行距離 47.7Km
本日の正味走行時間 5時間13分

体力勝負の一人旅 No.199【ジョギングで観光地巡り編】


【第2回姥子(うばこ)~仙石原 前編】(2011年2月19日)

 いつもながらの朝寝坊で出発は10時ごろになってしまった。曇っているが前回ほど寒さは感じない。
 前回少し気になった姥子へ行ってみようと思う。小田原から姥子までは同じルートで行き、姥子の保養所街へ降りて、仙石原を通って宮ノ下に向かう。
 仙石原まで来れば小田原行きのバスに乗れるので、やめたいときにやめられる。

 前回よりも調子良く登っている気がする。データで比較しているわけではないので実際のところはわからないが、調子良いと思って損はないし旅が楽しくなる。

 大平台手前のヘアピンカーブにやってきた。気温は5度。前回は確か3度だったので、感覚どおり前回ほど寒くない。

 家を出てから1時間45分ぐらいでユネッサンを通過。3時間ちょっとで姥子のバス停に到着した。前回と同じルートはここまで、ここからは姥子を探索してみよう。
 地図を見ると、自然探勝歩道というハイキングコースを通って保養所街に出るルートと車道で行くルートがある。ハイキングコースには金太郎岩があり興味をそそられるが、路肩に雪が残っているぐらいだからハイキングコースはきっとぐちゃぐちゃだろう。ジョギングシューズでは行きたくない。無難に車道を進もう。

 さっきまでハイキングしている人をちらほら見かけたが、ホテルとか保養所とかが現れる辺りになるとめっきり人がいなくなった。もちろん車はときどき通っているが、寂しいところだ。
 姥子通りを下ってきて見晴通りとの分岐点に来た。扇状に広がる保養所開拓地の右側を通っているのが姥子通りで、左側を通っているのが見晴通りだ。名前に惹かれて見晴通りへ行ってみることにした。
 今までずっと下ってきたのに見晴通りは緩やかな登り。名前からして富士山が見えるのだろうと思うが、今日は曇っていて期待できない。ならば何でこっちへ来てしまったのだろうと登りだから思ってしまった。
 その登りもすぐに下りに変わるが、木々が邪魔をして見晴らしというほど眺めはよくない。廃墟まではいかないがパッとしない保養所がいくつもあるし、人がいたと思えば工事の人だし、湯本や宮ノ下の賑わいとは大違いだ。
 そんなことを思いながら進むとかすかに湖が見えた気がした。もう少し進むと芦ノ湖が見えてきた。晴れていれば芦ノ湖と富士山が見えるのだろう。ようやく見晴通りっぽくなってきた。しかし保養所を取り壊したと思われる空き地も見えてきた。

 下りきって県道75号線に出てきた。ここから仙石原に向かうのだが、果たして一山越すのだろうか、登りはあるのだろうか、少し不安だ。
 県道75号線は走りはじめからずっと下っている。姥子通りと合流してもまだ下っている。この分ならば国道に出るまで下るような気がしてほっとした。

つづく


体力勝負の一人旅 No.198【ジョギングで観光地巡り編】

【第1回小田原~元箱根 後編】(2011年1月29日)

 ロープウェイの姥子(うばこ)駅付近に案内地図があった。
 姥子駅の西側は、扇状に区画整理された道路になっていて別荘地用に開拓された感じがする。近くにはハイキングコースもある。もう少し探索してみたいがまたの機会にしよう。しばらく箱根にはまりそうだ。

 下っていくとかんぽの宿の看板が見えた。ここのかんぽの宿は健在なのか、と思っていると芦ノ湖が見えてきた。やはりうれしい。湖尻の湖畔で一休みしよう。

 T字路にぶつかった。案内表示では、右は御殿場、左は元箱根・沼津になっている。湖尻の表示がないが御殿場に行っては駄目だから左だろう。
 左折して少し進むと登り坂。まさか湖尻に着く前に登りが現れるとは思わなかった。少しつらい。
 やがてハイキングコースと交差した。ハイキングコースの行き先表示を見ると、右に下っていくと湖尻。地図もあったので確認する。湖尻まで2Km。道を間違えたことに気づいた。戻る気はしない。元箱根へ行こう。

 何度かアップダウンを繰り返す。平坦や下りは調子良いが、登りを迎えると、「もう駄目」と言いたくなる。試練だ。
 右側の歩道の奥に石碑が見える。あまり人が行かないようで、入口に熊笹が生えてきている。それをよけて入っていった。
 石碑には「車道開設記念碑」と刻まれている。側面に説明があった。読み進めると違和感がした。200字弱の文章が途中に句点なしの1文になっている。昭和36年と刻まれており、当時はこういう文章の綴り方だったんだなと思った。

 道に戻ってしばらく進むと、右側に一面を雪に覆われた小さな駐車場が現れた。駐車場の端には箱根神社の小さな鳥居があった。鳥居から延びている道は下り坂で湖畔まで続いていそうだ。よし、ここを進もう。

 鳥居をくぐると杉の香りがした。思わず杉林を見上げる。少し進むと「ヒメシャラ純群落」の看板があったが、ヒメシャラの木を知らないのでどれがそうなのかわからなかった。写真があるとありがたい。
 急坂をゆっくり下っていくと、凍った雪が道を覆っているのが見えた。いまさら引き返せないし歩いて下ることにした。
 近づくと覆っているのは10mぐらいの距離だけで、その先に雪はなかった。覆われているかに見えたところも、端のほうはかろうじて路面が見えていたのでほっとした。
 ただカーブが続くこの先がどうなっているかわからないし、どこに通じているかもわからない。やや不安だ。
 さらに下っていくと箱根神社の本殿に出た。観光客でいっぱいだった。せっかくなのでお参りをして、石段を下っていく。その先には湖水に沈んだ鳥居があった。
「ここに出たのか」と思った。自分の居場所が確認できると妙に安心した。

 大きな鳥居のある元箱根港は観光客でにぎわっていた。あと数キロ先が箱根駅伝の往路ゴール地点。箱根関所を通って、そのゴール地点に到着。
 そこには箱根宿を紹介する案内板があった。その案内板の後半は箱根駅伝を紹介する文章だった。箱根駅伝が文化の一つになっているようだ。近くには優勝記念植樹や箱根駅伝ミュージアムもある。

 ここでUターンして帰ろう。帰りも箱根関所の中へ入った。そして出るときに気がついた。検問所みたいなものがあるぞ。もしかして有料だったのかも。そんなことを考えているうちに通過してしまった。走って通過しただけだから許してほしい。

 出入口付近にある観光地図を見ていた観光客が、
「箱根駅伝のゴールだって、ここまで行って戻ろうか」
 と言っているのが聞こえた。駅伝は観光に一役買っているなと思うと同時に、関所を通らないと遠回りになるのでどうするのだろうと思った。

 元箱根まで戻ってきた。もう少しだけ走れそうだ。国道1号線ではなく旧街道方面へ進み、甘酒茶屋まで下って今回の旅を終えた。

1月29日(土)
小田原→早雲山→姥子→元箱根→箱根駅伝往路ゴール地点→元箱根→甘酒茶屋
本日の走行距離 37.8Km
本日の正味走行時間 4時間23分

体力勝負の一人旅 No.197【ジョギングで観光地巡り編】

【第1回小田原~元箱根 前編】(2011年1月29日)

 「ジョギングで観光地巡り編」のスタートだ。

 青空の下、9時30分ごろ小田原を出発した。目指すは箱根芦ノ湖。
 まずは南北に縦長の芦ノ湖の北側にある湖尻を目指し、そこから湖畔沿いに進み、南端にある箱根駅伝往路ゴール地点まで行く予定だ。余力があれば折り返して戻れるところまで戻ろうと思う。

 お堀越しに小田原城を見ながらゆっくり走っていく。お堀の周りの歩道には幟が何本も立っている。イベントの告知だろうかと思って見たところ、小学生レベルのテスト問題が書かれていた。
 幟によって書かれていることが違っている。算数だったり、国語だったり。一例を挙げると、

  次の語句の意味を選べ
  「五十歩百歩」
  A たくさん運動すること
  B 大きな違いがあること
  C 大した違いがないこと

 他には、平行四辺形の面積の公式の問題もあった。
 幟の下のほうには「小田原学力向上委員会」と書いてあった。すぐ目の前には三の丸小学校がある。ここは通学路だ。きっと学校で話題になっていることだろう。少しでも勉強に興味を持つことを期待したい。

 小学校のすぐ先で箱根駅伝5区のコースに合流する。
 出発から1時間ほどで箱根湯本駅。いよいよ本格的な山登りだ。平坦は1Km6分ペースで走っていたけど、この登りでは7分30秒ペースになってしまう。

 大平台手前のヘアピンカーブ付近で気温3度の表示。吐く息は白い。しかしジャージの上からサイクリング用の薄手のウィンドブレーカーを着ているだけで寒さは感じない。

 宮ノ下にやってきた。まず目についたのは右側の看板「渓谷ケーブルカー」だ。宿専用のケーブルカーで温泉に行くのだ。
 その数軒先には、ロープウェイで行く温泉の看板がある。これも宿専用だ。
 続いて左側に見えてきたのが、由緒ある富士屋ホテル。ここのパン屋さん「PICOT」はとても人気で並んでいるのをよく見かける。

 水着で入る日帰り温泉施設「ユネッサン」にやってきた。ここまで約17Km。箱根駅伝はこのまま国道1号線を進むが、私はユネッサンに沿って右折する。
 ユネッサンのすぐ上の道はここまでで一番の急坂だ。左腰が痛くなってきた。しかしそんな急坂は長くは続かない。
 右側からキャッキャという子供の声が聞こえてくる。屋外だというのに水着姿で温泉すべり台らしきもので遊んでいる。さすがに大人はいないな。

 ユネッサンを過ぎたら急に辺りがさびしくなってきた。建物がなくなり、人の姿もなくなった。歩道や路肩には雪が残っている。ケーブルカーとロープウェイの乗り継ぎ駅である早雲山駅までこのさびしさが続くのだろうか。

 右側に立派な堤防が見えてきた。何だ、この堤防は。その先には小さな川が流れている。とてもはんらんするような川には見えない。
 少し進むと歩道の奥にひっそりと何かの案内板があった。「須沢の砂防施設配置案内」と書かれている。その下には、須沢砂防事業の歴史が書かれていた。
 昭和28年に早雲山で大地すべりが発生し、死傷者25名を出す大惨事になったそうだ。土石流対策として、いくつものダムや堤を作って平成6年に完成した。
 ということは堤の内側にいる私は危険ということか。解説など読んでいる場合ではない。早々に立ち去ろう。山の上を見るとかすかに早雲山地獄の煙が見えた気がした。
 少し走ると山側に公園跡らしき場所があった。地すべり危険区域のため立ち入り禁止になっている。

 強羅と早雲山を結ぶケーブルカーの下を通過すると温泉宿が何軒かでてきて、さびしさは解消された。
 歩道のすぐ奥でモクモクと煙が上がっている。「火山ガス危険」の看板が立っており、関係者以外立ち入り禁止になっている。毒ガスなのだろうか。

 早雲山駅を過ぎてもまだまだ登る。
 北側の斜面に出たのだろうか。寒くなってきた。冷たい向かい風が吹いてくる。気がつけば太陽は薄っすらとした雲の向こうだ。この状態はいつまで続くのだろうか。たまらんぞ。

 どぶ板から煙が上がっている。よし、ここで休憩しよう。少し臭いが暖かい。
 休憩を終えて走り始めようとしたとき逆車線側の看板に気がついた。煙が上がっているぞ。いやな予感だ。
 行ってみると「危険」の文字。もうかなりガスを吸ってしまった。手遅れか、と焦ったがよく読んだら火傷に注意だった。

 大涌谷と芦ノ湖の分岐点にやってきた。ここからは芦ノ湖目指して下るのみだ。

つづく