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北海道編

体力勝負の一人旅 No.275【北海道編】

 旅を終えて2週間経ってしまいましたが、読者の方からリクエストのありました写真をブログにアップしましたので報告します。

 下記ブログのNo.271、272、274に散りばめています。
 枚数が少なくても申し訳ありません。

http://mezase.cocolog-nifty.com/mezase/2012/08/no271-6d01.html

 お時間があったら覗いてみてください。次回の旅行では画像アップを意識して写真を撮ってきます。

体力勝負の一人旅 No.274【北海道編】

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【29日目・2012年8月1日(2/2)】

幸福駅は思いっきり昭和だ。レトロ感いっぱい。観光客はまばらで、先入観のせいか青春時代が昭和だった人の比率が高い気がする。なぜか駅舎の壁いっぱいに名刺、写真、メッセージなどが鋲で止められている。何重にもなり、壁だけでなく天井にも及んでいた。
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愛国といい、幸福といい嘘のような駅名なので客寄せに命名したのかと疑っている。その疑いはホームにあった由来説明で晴れた。
この地は「幸震」と言われていたが福井県からの移住者が多く、一文字ずつとって幸福としまた将来の幸福を願う意味も込められ部落名が幸福になり、それが駅名に使われたと記されていた。

次は愛国駅だ。国道に戻った後はほとんど直線。10キロちょっとで到着した。201208011514202

こちらの駅舎は幸福駅よりもずっと新しい。中は懐かしの品々や往時の写真が展示されている。掲示板と称されたエリアに名刺などが張り付けられており、幸福駅のようなぐちゃぐちゃ感はない。
展示品に車内で購入する切符があった。これは駅名リストが書かれている名刺大ぐらいの薄っぺらい紙で、乗車駅と降車駅の部分をパンチで孔を開けるものだ。これは私にとって見慣れた一品だった。我が地元を走る大雄山鉄道では現役だからだ。
写真に目を移すとタイトルに「処女列車を迎える幸震駅の人々」というのがあって、おやっと思った。『幸福』ではなくて『幸震』になっている。最初から幸福駅だったのか、途中で幸福駅に改名したのかよくわからなくなった。

愛国駅の名の由来は、『この地に愛国青年団があり、のちに、これが愛国という部落となったので駅名も部落名から生まれた』と記されていた。

予定していた観光ポイントはこれで終了。帯広駅まで約10キロを走り15時51分に到着。北海道一周完成だ。
あまり一周した達成感はない。しかしこの経験が自信につながることだろう。

自転車の分解・梱包が終わった直後に雨が降りだした。ホテルでお風呂に入っている間に傘が必要なくらい降ったらしいが、通り雨のようで夕食に出かけるときは上がっていた。

夜は有名になった『北の屋台』を散策した。屋台が20軒ぐらい並んでいる屋台村だ。北の屋台の近くには類似した屋台村『十勝乃長屋』があった。こちらは建物に少し高級感があり、1店舗あたりの広さが少し広い。1人で入るなら北の屋台だろう。
北の屋台の中央付近に大きなスクリーンがありオリンピックを放送している。なでしこジャパンが決勝を戦うことになったら大盛り上がり間違いなしだろう。
大スクリーンの向かいにある屋台に入った。店の人を囲んだコの字型の席になっている。左奥に2人のおじさんと右奥におじさん1人が座っていた。私は真ん中に座った。3人とも常連客らしい。店の人との会話を楽しみながら一杯やっている。
そこへ少し怖そうなおじさんが入ってきて私の左隣に座り煙草を吸い始めた。この人も常連客だ。少ししてもっと怖そうなおじさんが入ってきて、私の右側に1人分のスペースを空けて座った。左のおじさんと顔馴染みで私を挟んで会話が始まった。

先にいた2人組から「怖い人に挟まれて困っているよ。」と冷やかされた。Dsc00729
そこから私も参加して旅話になる。
「黄金道路ってなんでそういうか知っているか」と2人組から聞かれた。
「もちろんです。大金をつぎ込んだから。」
「全然使う人がいない。無駄金使って、あれは政治家の力だね。」
「峠を越える道ができたからみんなそっちを通るでしょ。ほら、馬の像がある町に抜ける道。」と左隣の怖そうなおじさんが言った。
「静内?」と私。
「新冠?」と別のおじさん。結局はっきりしなかったがだいたいその辺りのようだ。
「確かに黄金道路は交通量少なかったですね。北海道一長いトンネルがありますよね、???」
2台しか車に抜かれなかった、と言おうとしたが2人組に遮られた。
「出た?あそこは出るんだよ。」
そんな感じで屋台の会話は進んだ。

店の人が電灯に集まる虫が気になって「1回灯り消します」と言って真っ暗にした。
「解決になっていないよ」とお客さんの突込みが入る。
「今日は特別多いよ」と店の人。
多分私のせいだろう。いくらお風呂に入ったとはいえ、人には感じない程度の汗臭さが残っているのだろう。申し訳ない。
酒の入ったコップやお皿に虫が落下してくる。「屋台らしいね」とおじさんたちは気にしない。

そういうことを承知で屋台に集う人たち。帯広に誕生した『北の屋台』の歴史は10年程度。屋台で交流が生まれ、人を和ませ、帯広を活性化しているように感じる。町にいくつかこういう場所が必要なんだろう。

北海道一周を達成した今、もう少し人と交流する旅をしたくなった。

8月1日(水) 帯広 本日の走行距離 87.85Km
今回の総走行距離 581.6Km
北海道一周の走行距離は別途報告いたします。

【北海道編】にお付き合いいただきありがとうございました。


体力勝負の一人旅 No.273 【北海道編】

【29日目・2012年8月1日(1/2)】

今日は最終日だ。ゴールは帯広駅。北海道一周をスタートしたのも帯広駅だから、これで一周達成と言っていいかもしれない。

目覚めたときは曇っていて涼しそうでよかったと思ったが、天気予報では雨が降ることになっている。昨日から北海道のほとんどで雨が降っているらしい。毎回雨にたたられているから今回は奇跡的に天気に恵まれたと思っていたが、やはり最後は雨になるのか。お願いだから自転車の分解・梱包作業のときは降らないでくれ。

帯広まで約80キロ。かなり余裕がある。
「どっちに行くの?えりもの方だったら天気が悪くなるとすぐ黄金道路が閉鎖されちゃうから。」と宿のおばさん。
「帯広です」
「北海道で雨が降っていないのはこの辺だけみたいよ。急いで行ったほうがいいわよ。」
わかってはいるがすでに9時を回っていた。

広尾の町を抜けると一直線の道路が続く。道の両側は牧場か牧草地帯か畑ぐらいしかなく、ガスっていてそれほど先まで見えない。これも北海道らしい景色の一つだ。
路肩は広く、路肩と車道の間にでこぼこがなく、路面も車道並みによいのでとても走りやすい。ただ牧場の匂いが気になる。昆布の香りとは大違いだ。

30分ほど走ると小雨が降ってきた。場所によっては路面が斑模様になる程度に降っているが、勢いが増すような雲は見えない。
広尾の次の町、豊似に入ってからはなぜか路肩と車道の間がでこぼこして走りづらくなった。大型車の交通量が増える区間なのだろうか。

30分ぐらい小雨が降ったり止んだりを繰り返したが、次の町大樹に入るころにはとりあえず止んでくれた。いつまた降りだすかわからないのと、町と町の間では自動販売機もなさそうなので早めに休憩して給水と食事を摂った。

突然、水溜まりができているエリアに入ってきた。ついさっきまでそこそこの雨が降っていたようだ。空模様を気にしていると右側に象の像が見えた。ここは道の駅忠類、ナウマン温泉とかナウマン象記念館の看板がある。
ナウマン象発掘跡地がこの町にあり、行きたかったがルートを外れてしまうので今回は断念していた。だからちゅうちょなく記念館に立ち寄った。
館内の中央にはナウマン象化石の複製が展示されている。ナウマン象一体の化石が発掘されたのは世界初で、発見から発掘調査期間中の町の盛り上がりを感じることができた。いまだにナウマン象関係のイベントがあり、ナウマン象がこの町を変えたと言ってもいいだろう。

この辺りは道の駅が多くて今日3つ目の道の駅「なかさつない」で休憩した。自転車を止めると日が射してきて、空を見上げると一部に青空も見える。
地元の食材を使ったお店が並び、アイスクリーム屋には行列ができている。私は地元の鶏を使ったお店でチキンカレーと串焼きをいただいた。とうもろこしも食べたかったがもう入らない。

次は"がら"ではないが幸福駅を目指す。愛国駅発幸福駅行の切符が話題になったのをかすかに記憶している世代だ。
直線道路を進んでいると後ろから凄い音をたてた車が近づいてくる。振り向くとトラクターだ。ラッキーと思った。
トラクターに抜かれるやいなや加速して後ろにぴたりとついた。想像以上に空気抵抗がなくなった。楽を通り越している。
こがなくても時速30キロでてしまう。追突しないようときどきブレーキをかけるほどだ。トラクターが生み出すこの仕事量を何かに活用できたらエコだなと思った。
こうしていると眠くなってきた。居眠り運転の危険を感じた。自転車でも居眠り運転はあるようだ。ぼうっとしているうちに幸福駅行きの曲がり角を通りすぎた。ここでトラクターの恩恵は終了。5キロほど楽させてもらった。正に幸福だ。数十メートル戻って幸福駅を目指した。

つづく

体力勝負の一人旅 No.272 【北海道編】

【28日目・2012年7月31日(2/2)】

14時16分、襟裳岬に到着。数キロ手前まではほとんど平坦で、恐れていた風も追い風だった。風速10メートル以上の風が年間290日以上のあるそうだが、今日はなぜだか弱めだ。

駐車場にはお土産屋や地のものを提供している食堂が数軒ある。Dsc00727


お土産屋をバックに写真を撮るよう三角屋根の下に今日の日付が表示されている。規模は違えど宗谷岬と似たような雰囲気だ。ただ宗谷岬は廃れムードが強かったがここはまだ活力を感じた。
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駐車場から10分ほど歩いて岬の先端へ来た。日高山脈が太平洋へ落ち込んでいるのがわかる。岩礁の背丈が沖へいくほど低くなっている。右から黒潮の暖流が岩礁にぶつかり、左からは寒流がぶつかっている。201207311424511

宿のおじさんが言っていたみどころとは、「右の海が静かなときは左の海の波が強く、左が静かなら右が強くなる。岩礁にぶつかって立つ白波に注意するとわかるよ」ということだった。
言われてみれば右の方がわずかに白波が多い気がする。しかしみどころというほどではなかった。強風の日なら顕著に違いがわかったかもしれない。
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帰りは岬の東側を通って北上する。向かい風だが弱めなので助かった。道の両側に松林があるので防風効果があったかもしれない。そして10キロも走らないうちに追い風に変わった。

岬の先端へ通じる道路は道道だが、先端から15キロほど来て国道に合流したところから黄金道路と名付けられた道になる。
普通「黄金」と言えば夕日にまつわるものばかり。黄金道路は岬の東側なので夕日とは関係ないだろう。名の由来の案内板によると、断崖絶壁に道路を作るため多額の資金を投じたからだそうだ。そういう理由で名がつくことに驚いた。
そんなところだから険しい道でアップダウンの連続を覚悟した。ところがほとんど平坦。その代わりトンネルだらけ。なんと北海道一長い道路トンネルがここにあった。4941メートルだ。
トンネル内は涼しくて気持ちよかったが、しだいに寒くなってきた。鍾乳洞に入っているようなものだから当然だけど、温度計は16度、突入前より10度も下がった。
大金を投じた割にはトンネル内で抜かれたのは2台だけ。交通量が少ないのでトンネル内はクリーンエアーだ。何回も深呼吸してしまった。
この後も長めのトンネルがいくつも出てきた。そのたびにこの温度差を体感するので確実に疲労していく。トンネルでは景色の楽しみようがないので、後は宿まで移動するだけだ。

7月31日(火) 広尾 本日の走行距離 122.72Km

体力勝負の一人旅 No.271 【北海道編】

【28日目・2012年7月31日(1/2)】

朝の6時30分ごろ、宿の窓から見える範囲いっぱいに青空が広がっていたが、15分ほど経つとすっかり雲に覆われてしまった。
出発のとき、宿のご主人が「今日の天気ではうちは昆布を干さないけど、干しているところもあるみたいよ。」と言った。今日は昆布干しを楽しみの一つにしよう。

走り出して10分ほどで昆布干しの光景を目にした。てっきり物干し竿のみたいなところに垂れ下げて干すのかと思っていたら、海岸の地べたに短冊を並べるように干してあった。Dsc007181_2

作業を終えて帰り支度しているおばさんに「写真を撮ってもいいですか?」と声を掛けたら、国道をはさんで海岸の逆側を指して「その道路を入ったところのほうがたくさんあるよ。」と教えてくれた。「今日、乾きますか?」と聞くと、「乾かないね、どうしよう。」と言う。5時から作業していると言うからその時点で判断するのは難しい。
行ってみると広い駐車場みたいなところのごく一部に干してあった。最盛期だったらどんな光景になるのだろう。Dsc007192_2


国道へ戻ってもう少し走るとさっきより広範囲に干してある場所があった。漁に出る出ないの判断は地域にばらつきがありそうだ。あの人が出るならうちも出ようとなって、ある地域だけ漁に出る比率が高くなるのかもしれない。
この海岸一体が昆布干しエリアになっている。数百メートル先を見るとまだ作業している一団がいた。道路に戻って自転車でそこへ移動した。
「すいません写真を撮ってもいいですか?」
「どうぞ」「化粧するんだったわ、してもだめか。」「ドレス着てくれば良かった」とおばさん達は陽気に答えてくれた。
唯一の男性は煙草を吹かしながら
「うちだけだよ終わっていないのは、見てみなよそはみんな終わっちゃっているよ。」と言うと、
「うちの大将がいっぱい採ってくるからまだ終わらないのよ。」こちらの皆さんは実に楽しく、和気あいあいと仕事をしているなぁ。
そこへ一人のおばさんが車でやって来た。作業中の一人が「何やってんのよ、今ごろ来て。殺すぞ。」とふざけた口調で叫んだ。どこにも遅刻する人はいるものだ。それにしても5時から作業をやっていて今は9時30分ごろ、随時ひどい遅刻だ。Dsc007214


煙草を吸っている男性に「今日乾かなかったらどうするんですか?その日に乾かさないと駄目なんですよね。」と恐る恐る尋ねた。
「明日また干すの。もっと採ったんだけど曇っているから今冷蔵庫にしまってきたの。」
乾かないと一度干した物を取り込んでまた干すんだから大変だ。
男性も手伝い始めた。「簡単そうに見えて難しいよ。みんなみたいになるには年数が必要だよ。」男性は神奈川の横須賀からこっちに来て、それほど年数が経っていないそうだ。
おばちゃんが写真を撮っている私のところに来て、「どうぞ」とコーラを渡してくれた。田舎っていいな。
そんなことをしているうちに青空になってきた。Dsc007203


JR日高本線の終着駅である様似(さまに)駅を過ぎて冬島という地域に入ると、今までとは比べ物にならないぐらい昆布干しが盛んだ。
道の両側が昆布。橋の上から河原を見るとそこも昆布。家の庭先も昆布。道路から山側のなだらかな斜面にも昆布。遠目には畑に見えてしまうほどだ。昆布に並んで普通の洗濯物も地べたに干してある家もあった。
シーズンオフに訪れたら、何でこんなに駐車場ばかりなんだと思うだろう。
昆布の香りが漂う中のサイクリングになった。

つづく

体力勝負の一人旅 No.270 【北海道編】

【27日目・2012年7月30日】

2日後、つまり8月1日のお昼ぐらいに主要都市に着いて旅を終わりにする予定だ。理想は北海道一周を完結させて帯広に行くことだが、5日間で600キロ走らないといけないのでまず無理。できれば襟裳岬まで行って主要都市に向かいたい。最悪は襟裳岬まで行って中途半端に時間切れになること、そう思って昨日はがんばってしまった。

朝はゆっくり8時まで寝ているつもりが目覚ましのセットを間違え6時10分に鳴ってしまう。もちろんもう一度寝た。
10時過ぎに身支度を整えていると手袋が無いことに気がついた。昨日フロントに一旦荷物を預けたから、手袋だけ受け取り忘れたかと思いフロントに電話したがなかった。手袋無しで走るか軍手で走るしかない。昨日は相当に疲れていたんだなと思いながら、チェックアウトしに行った。
フロントの女性がちょうど外から戻ってくるところだった。「自転車に付いている手袋とは別の手袋のことですか?」とフロントの女性が言った。
そうだったか、自転車の荷台に付けっぱなしだったんだ。度重なるポカに、昨日は本当に本当に疲れていたんだなとまた思った。

結局10時47分の出発になってしまった。全天が雲に覆われ涼しい。休む回数を減らして挽回しよう。
フェリーのりばが近いのでトラックの交通量が多く、トラックが巻き起こす風に乗って快調な走り出し。でも国道が自動車道と平行して走るようになるとめっきり交通量が減った。だからなのか向かい風を感じるようになってペースダウンだ。

建物が全くなく景色の代わり映えしない向かい風の道を走る。退屈だ。休憩を挟んで30キロ弱走ったら海に出た。
進行方向が変わり、風が穏やかになり、つい先ほどまで雲に覆われていたのに一気に青空になった。そして暑くなった。
ところがまたいつの間にか向かい風になり、青空が消え霧に覆われた。平坦だった道が少しアップダウンを繰り返すようになったから、内陸に入ったのかもしれない。

道の両側には牧場や競馬関係の施設が目につく。霧の向こうにうっすらと馬が見えたりする。映画優駿のワンシーンを思い出した。
走りながら横を見ると霧が向かい風に乗って流れているのがよくわかる。霧に向かって走っているのだ。気持ちいい。

自転車に取り付けてある高度計が0メートルを指したので辺りを見渡すと、霧の隙間から海が見えた。霧が濃くて海沿いに出てきたことに全然気がつかなかった。
右は海、左は急斜面の丘、そして霧。道路の広さや建っている家々の雰囲気もあわせて根室半島の道に似ている。あとちょっとで北海道を一周するんだなと思った。

さあ馬の町、静内駅に到着だ。駅前に馬の像がある。
想像以上に栄えている町で宿はたくさんありそうだ。だけどまだ16時30分。もう少し行けそうだ。20キロぐらい先の三石という街に宿が1軒あることは調べてある。駅に観光案内所があったから一応情報を仕入れに行こう。
ここの案内所でも三石の宿を斡旋してくれるらしい。新ひだか町という町名だから、合併によって静内と三石が同じ町になったんだと思う。もし町が違えば静内駅で隣町の宿は斡旋してくれなかっただろう。
三石の宿を予約したので一安心。三石までほとんど平坦だと案内所の人が教えてくれたので、精神的な余裕を持って宿へ向かった。

三石駅が近づくと路面がきれいになり、道幅も少し広くなった気がした。道の両側に商店が並び、新しい町並みにも思える。ど田舎だと想像していたがとんでもなかった。

宿のおじさんとゆっくり話をしながら夕食をいただいた。ここ三石は昆布の産地ということもあって、昆布の話をしてくれた。北海道は主に4つ産地があって、この辺で採れるのが日高昆布とか三石昆布と言われるもの。あとは利尻昆布と函館のめ昆布に羅臼昆布だ。
「ここの昆布は朝採ったものをその日のうちに天日乾燥しないと品質が落ちるんだ。明日は干しているところは見れないかもしれないな。」
「函館のほうでは倉庫にいっぱい垂れ下がっているのを見ましたよ。」
「函館は機械乾燥だから。ここのは天日でないとだめなんだよ。」
「ここの昆布は羅臼と競合するんだ。どちらも佃煮に使うから。どちらかが不漁だと、片方も一緒に値が上がるんだよ。」さらにおじさんは続けた。
「関東は日高とか三石がほとんどだけど、京都や大阪ではそれに加えて利尻も用途によって使い分けているんだ。」
などなど話してくれてにわか勉強させてもらった。

明日は襟裳岬だ。ガイドブックに載っていないと思われる襟裳岬のみどころも教えてもらった。

7月30日(月) 三石 本日の走行距離 107.53Km

体力勝負の一人旅 No.269 【北海道編】

【26日目・2012年7月29日】

出発のとき女将さんが「今日も暑くなりそうね。これで3日連続よ、珍しいわ。」と言う。今日も覚悟しておこう。

町を出る前に女将さんに教えてもらった町に一軒しかない自転車屋へ行ってみよう。昨日チューブ交換して予備がなくなったので補充のためだ。ただ田舎の自転車屋に細いタイヤ用のチューブがある可能性は低いだろう。
そこは看板のない民家のような自転車屋だった。外にいたおじいさんに「すいません自転車屋さんの人ですか?」と聞いてしまったほどだ。
半信半疑でチューブがあるか尋ねると、受け答えがママチャリ専門の田舎の自転車屋とは思えない。遠目からタイヤを見てすぐにチューブサイズの検討をつけた。
「それならあるよ。」と言って、と奥の棚にある段ボール箱の中を探し始めた。
「チューブは800円だけどパンク修理なら500円でやってあげるよ。」と言う。
「チューブをもらいます。」と答えると、
「パンク修理はサービスでやってあげるよ。そんなチューブを引き取ってもこの町では使わないからね。」
これで予備のチューブが2本になった。あと2回パンクしても大丈夫だ。もちろんそうなっては困るけど。

この町に自転車屋は4軒あったがみなご主人が亡くなって廃業したそうだ。「私もそろそろ廃業しようと思って看板も外したんだよ。」そう言いながらも次から次へと楽しそうに自転車の話しをするおじいさんは体が続く限り廃業しなさそうに思えた。
「創業何年ですか」
「大正9年に自転車部ができたんだ。その前は綿とかを扱う会社だったんだ。」
ちょっと間を置いての、「私はいなかったよ」と付け加えた。この町の人のためにも長く続けてほしい。

修理が終わりに近づくころ「今年は暑いね。今までパンク修理は外でやっていたけど、この暑さでゴムがすぐ乾いちゃって着かないんだよ。今までこんなことなかったからね。」とおじいさんは言った。
地元の人がここまで言うのだから本当に異常気象なんだろう。

60キロ弱走って伊達の道の駅で休憩した。暑くて集中力が散漫になっている。体がだるくてペースも悪かった。
コーヒーを飲み、頭や腕や足に水をかけて再出発したが、目立った効果はでなかった。それでもどうにかこうにか室蘭までやって来た。

地図を開き、観光したそうなところを探した。近くに歩くと音がでる「鳴り砂海岸」がある。そこへ行ってみよう。
そこは海水浴場で15時を過ぎても大勢泳いでいる人がいた。
砂浜に降りて歩いてみたが鳴らない。あきらめて戻る途中に、地元のおじさんに聞いてみたら「鳴るのは向こうテトラポットの50メートル先ぐらいだよ。鳴る場所はちょっとしかないよ。昔はもっと広い範囲で鳴ったんだけど、汚れて鳴らなくなってきたんだ。保護活動はしているんだけどね。」
「じゃあ行ってみます。」と言うと、
「つま先で滑らすように歩くと鳴るよ。」とやり方も教えてくれた。

その場所へ行って試したが鳴らない。
うろうろとさまようように歩いた。すると「キュッ」と鳴った。これか!
数歩移動するともう鳴らない。また数歩別の場所へ移動したら鳴った。微妙だ。音を聴けてすっきりしたので自転車に戻ろう。

登別に向かって走り始めると快調だ。もう16時になるので気温が下がってきた。さらに追い風だ。快調、快調。
右に穏やかな海を見ながら、ほとんど平坦で長い直線が続く道だ。進路方向はずっと同じなのにやがて緩い向かい風に変わった。それでも気持ちよく走れている。
登別泊だと早く着きすぎるし、走り足りない気がして登別を通過した。

18時ごろ次の町に着いて宿探しを始めたが、観光案内所は閉まっているし、駅に行っても有益な情報を仕入れられなかったので、面倒に感じて20キロ先の苫小牧を目指すことにした。
暗くなるまでがんばって走り続け、20時に苫小牧到着。着いたらどっと疲れがでた。今日はよくがんばったが、明日にダメージを残しそうだ。

7月29日(日) 苫小牧 本日の走行距離 147.87Km

体力勝負の一人旅 No.268 【北海道編】

【25日目・2012年7月28日】

朝8時ごろ函館空港に到着した。さっそく自転車を送ったヤマト運輸へ向かう。歩いてすぐのところにあるので便利だ。

ヤマト運輸の敷地で自転車の組み立てをしているとお客様の車が入ってきた。降りてきた老夫婦が「どちらからですか」と尋ねるので、「神奈川です」と答えると、「私の息子が神奈川にいるんです」と言う。「神奈川のどこですか」と私が尋ねると、私と同じ小田原だった。
その後は小田原の話題で立ち話。旅先でこういう話ができるとなんだか嬉しくなる。

少しすると私のように自転車を送った人がやって来た。沖縄を目指す日本縦断の旅に出るところだ。
仕事の関係で中断期間をはさむが10月末か11月頭にゴールする計画だと言う。その人から糸と糸を結んで欲しいと頼まれた。一本の端は木の棒のに結わいてある。その逆側に新しい糸を結び付けるのだ。沖縄まで何本繋がるかってことらしい。走り始める前に一本繋がったのだから幸先よいスタートだ。私が記念すべて一本目になった。

今回は人情豊かな旅になりそうだ。

2年前の一周旅行でここから50キロ北にある森まで行っている。そこから再開すればいいのだが交通の便が悪い。バスと電車を乗り継いで到着は12時過ぎ。しかも最寄りのヤマト運輸まで歩くのは厳しく、たぶんバスになるだろう。ヤマト運輸到着は早くても13時過ぎだ。
それならいっそのこと函館空港から走ろうと考えた。2年前も森から電車に乗らず、函館まで自転車移動だった。中途半端なところで旅をやめるとなんとも効率が悪い。

さあ出発だ。曇っていて涼しい。風がそこそこ吹いているのが気になる。海沿いに出たときに追い風になっていることを祈る。

赤松が道の両側に見えてきた。赤松街道だ。ここを通ると初めて函館を走ったときのことを思い出す。永遠に残ってほしい街道だ。道100選にもなっている。
太陽が顔を出し、青空のエリアが拡がっていくと北海道と言えども暑い。
そんなときクロスバイクに乗ったおじいさんに抜かれ、しばらくペースを合わせて走った。
おじいさんはこの先の大沼まで行くのがいつものトレーニングコースになっている。函館から20キロちょっとでちょうどいいらしい。再三、気をつけて行ってね、と言ってくれた。
歳を聞いたら70歳だった。とてもそう見えない筋肉をつけた足でおいてけぼりにされてしまった。

最初は快調に思えたが大沼までの斜度5〜6%の登りが堪えた。下りになると向かい風が強くてペースが上がらない。
それでも森を12時20分ごろ通過し、函館スタートは成功だった。よしよしと思いながら15分ぐらい走ると後輪に振動発生。小石が溝に挟まったのかと思いチェックするとホチキスの針らしきものが刺さっていた。それを抜くと空気が一気に抜けた。パンクだ。なんてこった。
温度計は33度を表示している。辺りを見渡し木陰の下へ移動してチューブ交換だ。50分ぐらいロスしてしまった。

気を取り直して長万部のかにめし目当てにがんばろう。
長万部まで60キロあるがすでに足に元気がない。朝3時起きだったのが影響しているかもしれない。
しかし天が味方をしてくれた。天気雨だ。涼しくなったとは言えないが降らないよりましだろう。そして進路が北西から北北東に変わると追い風になった。

16時40分、長万部到着。本当はもう少し先まで行きたかったが限界だ。かにめしを食べて長万部温泉に浸かって体を休めよう。
昨年も食べたかにめしの店へ行くとシャッターが閉まっている。店内工事のため閉鎖中だった。諦めざるを得ない。
仕方なくお好み焼きの店に入った。ここのおばちゃんがなぜだか帰り際に飴をくれて、気をつけてねと言ってくれる。そして自転車にまたがろうとすると、店に戻っていたおばちゃんが出てきて今度はとうもろこしをくれた。とっても甘くて美味しいとうもろこしだった。田舎っていいなぁ。

宿に入って長万部温泉に浸かるとびっくりした。このぬるぬる感というかすべすべ感は、昨年の日本縦断で体験したあの鹿児島の垂水温泉のようだ。匹敵するとまでは言えないものの似たような感触だ。睡眠を削って朝も浸かろう。

思い起こせば11年前も長万部温泉の別に泊まっている。そのときは特に印象はなかった。女将さんに話すと、ここは特別いいと言ってくれるお客様がいるそうだ。みな同じ源泉を使っているがここは源泉に一番近い宿でかつ掛け流し。私は勝手にこれが理由だと思った。

7月28日(土) 長万部 本日の走行距離 115.6Km

体力勝負の一人旅 No.191【北海道編】


【23日目・2010年7月30日】

 昨夜の天気予報で函館周辺はくもり。青森に渡る理由はなくなった。少なくとももう1日北海道を走ろう。
 朝の予報でも雨マークはない。路面は濡れているが雨は降っていない。

 道南の東の端、恵山岬を目指して走る。津軽海峡沿いの国道278号線を東へ進む。海は昨日と違っておだやかだ。
 先のほうに見える山には雲がかかっている。嫌な予感はしていたが、やはり降ってきた。小雨が降ったり止んだりなので、涼しくなって良かったぐらいにしか思わなかった。
 それから20分ぐらい走っただろうか。戸井という地名が現れたところで少し雨足が強まった。寒くないのでジャージを脱ぎ、半袖半ズボンになって濡れていこう。

 交通量はそれほど多くなく、たまに適度なアップダウンがありサイクリングにぴったりの道だ。
 恵山岬の先端へ行くには南からも北からも道はあるが、その道はつながっていなくて行き止まり。わずか1Kmぐらい延伸してくれればぐるりと回れる。

 先端へは北からのルートで行くことにした。国道278号線は津軽海峡と別れ、山を越えて太平洋側へ出る。山に入る前に道の駅「なとわ・えさん」がある。「なとわ」って何だ。とずっと思っていた。行ってみると説明書きがあって、「あなたとわたし」という意味だそうだ。道の駅の名前にするのはどうかと思った。
 昔は道の駅の名前は地名だけだと思ったが、最近は凝った名前が増えている。記憶に残る名前が一番だと思う。

 太平洋側に出てから道道を通って恵山岬を目指す。先端にある水無海浜温泉がお目当てだ。漁村の細い道を行く。最後に標高150mの峠越え。海に面した露天風呂なので、登ってもすぐに下ることになる。
 海水が混じっている少ししょっぱい露天風呂は気持ちよかった。太平洋側に出てからは晴れてきて気温が上昇中。露天風呂から出て自然乾燥していても寒くない。
 しかしシャワーなしの自然乾燥で大丈夫だろうか。ひりひりしそうでちょっと不安だ。
 帰りの峠越えの下りは急坂で路面が悪く、ブレーキかけっぱなし。四国遍路の道を懐かしく思った。

 国道に戻り太平洋沿いを北西に進む。途中、知らないうちにバイパスに入り、丘越えをさせられた。それをのぞけば、距離をおかずに点在する小さな漁村をつなぐ道だ。
 小さな港がいくつもあり、荷台に昆布をいっぱい積んだトラックが行き交い、ラブホテルの入り口のように昆布が吊る下がった建物がいくつもあった。
 トンネルが多く、崖崩れ危険地帯でもある。トンネルに入るときはトンネルの長さを確認して心構えをする。しかし今日は長さ表示が見あたらないトンネルがいくつかあった。なぜだろうか。

 漁村のコンビニエンスストアで休憩したあと、次の休憩は35Km先の道の駅に決めた。鹿部町に入り、漁村地帯から民家が多いエリアに入ってきた。
 少し暑くなってきて飲み物が底をつきかけたが、完全になくなったら補充しよう。太平洋側に出てからは自動販売機があちこちにあったので給水には困らない。
 そう思っているうちに民家が途切れ、両側を木々に囲まれた。そして少しずつ登っていく。道は林の中へ入っていった。道の駅まで十数キロだ。
 走っても走っても自動販売機が現れない。しかも緩いがアップダウンの連続。今までほとんど平坦だったし、町に近づいているのだからこの事態はまったくの予想外だ。
 こういうときは景色を見て気を紛らわそう。左を見ればすさまじい姿の駒ヶ岳が見える。噴火で山の中央部が吹き飛んでしまったかのように、2つの頂きの間がくぼんでいる。
 何もない道は10Km弱続いたがなんとかしのいで道の駅に着いた。蒸し暑くない北海道で良かった。

 10Km先の森駅周辺で宿を探すことにした。引き続きアップダウンがあり、さらに向かい風が強くなってきた。足の動きはかなり鈍い。今回の旅で最後のサイクリングかもしれないのでスタミナを使い切る思いでこいだ。
 森町はいかめし発祥の地。駅で購入した。思っていたよりも小さく、8cm×12cmぐらいの箱に2杯入って500円。味は最高においしかった。

 明日はどうするか、今晩計画を練ろう。風呂に入ると首がひりひり痛んだ。やはり温泉が良くなかった。

7月30日(金) 森 本日の走行距離 128.7Km
室蘭まであと153Km

体力勝負の一人旅 No.190【北海道編】

【22日目・2010年7月29日】

 天気予報では大雨警報に雷注意報に波浪注意報だったか、ほかにもいろいろでていた。そんな悪天候の日だ。
 しかしあと20Kmほど走れば津軽海峡に出て、進行方向が南から東に変わる。そこで向かい風との格闘は終わるだろう。今日の後半は函館を目指して北上する。ついに強力な向かい風が追い風になって助けてくれるはずだ。

 宿の女将さんは「北海道に梅雨はないって言うけど、蝦夷梅雨っていうのがあるのよ。」と教えてくれた。夏休みがずれてくれないと毎年雨になるってことか。

 宿を出てしばらくは小雨だった。向かい風は相変わらず強烈だし、昨日と同じようにアップダウンもある。江良に泊まれなかったら大変な思いをしただろう。

 40分ぐらい走っただろうか。左の山にぐるんぐるん回る風車が2機あった。昨日の風車より勢いがいい。1分間に55〜58回転している。しかし今現在私のいるところは昨日ほどの強風ではなかった。

 江良から1時間前後走って館浜という部落に出た。この辺りからほとんどアップダウンはなく、風はところどころで横風か追い風になった。地図を確認できないが進行方向が変わってきたのだろう。
 路上に水が浮き出した。追い風で路上に小さな波がいくつもできる。その波を追いかける。ほぼ同じスピードだ。私のペースメーカーみたいだ。

 天候の変化が激しくて、波の追いかけっこからさほど時間が経っていないのにすっかり雨が上がった。昨日と同じように雨は最初だけだとありがたい。松前城まであと数キロのところで強烈な追い風になった。向かい風に立ち向かっていたほどの労力を使っていないのに、そのときとの速度差は時速10〜20Kmもある。

 期待していた松前城は予想以上に小さかったので、外から少し眺めて観光終了。次は北海道最南端の岬、白神岬を目指す。
 南を目指すのだからまた向かい風だ。しかしそれほど強くない。考え事をしながら走っていたら、通り過ぎていく駐車場が視界に入った。振り返ると白神岬と書いてある。危うく通り過ぎるとこだった。
 売店とか「北海道最南端」と書かれたものぐらいあると想像していたが、トイレがあるだけでそういうものはなかった。知らない人は最南端に気づくことはないだろう。

 最南端の地から海を眺めていたら雨が強くなってきた。さあ追い風に乗って函館に行こう。
 1.6Km走ったらまたまた駐車場があった。一応行ってみたらここも白神岬だった。売店もトイレもないが、最南端と書かれている。ここが正真正銘の最南端だ。ではさっきのはなんだったのだろう。

 横綱の里、福島町に入り、道の駅で休憩した。横綱とは千代の富士のことだ。道の駅のとなりは千代の富士の記念館みたいだ。
 ここまで追い風で気持ちよく来たが風力が弱まった気がする。南西の風をもろに受ける日本海側から津軽海峡側になったので仕方ない。風に変わって雨量が激しくなってきた。大雨警報の本領発揮だ。カッパが役に立たず、ずぶ濡れなので休憩していると寒い。

 標高160mの福島峠を越える。電動アシストならぬ追い風アシストが登りでもサポートしてくれる。下りは緩やかだ。交通量が増えて追い抜いていくトラックが追い風を作ってサポートしてくれる。その代わり水しぶきをかけていく。
 路肩は半分以上水没。轍も水没。白線上もところどころで水没。水没していないのは車線の中央のみ。
 車が来ていないときは中央を走るが、来ているときは路肩よりを通り、水を跳ね飛ばして走る。やがて対向車が跳ね飛ばした水の塊を全身で受けるようになる。プールで遊んでいるようだ。

 再び海岸沿いに出てきたが大雨で視界が悪く、いつ海岸沿いに出たのか気づかなかった。
 コンビニのお兄さんに道を尋ねたら、「通行止めにならなければいいですが」と言われた。「案内が来ていないから大丈夫だと思いますけど」と言い、入り口に貼った紙を指差した。通行止め情報が書かれた紙だった。
 昨日かおととい走ったトンネルだらけのところが2カ所も通行止めになっている。しかも土砂崩れだ。あの断崖絶壁を思い浮かべた。ずいぶん危険なところを走ったものだ。

 その後も風雨は弱まらずプール遊びは続いた。パトロール隊が何台か出動し、崖崩れのチェックをしたり海の様子を見たりしていた。

 函館まで残り十数キロになると突然向かい風に変わった。さらに近づくと交通量が増え、走りにくくなる。楽に函館まで行かせてはもらえなかった。

 17時8分、函館駅に到着した。寒いので宿がすぐに見つかるここで終了だ。風雨は弱まったが、駐輪場の自転車がほとんどなぎ倒されている。ここも強風だったようだ。

 明日の天気予報しだいだが、北海道をあきらめてフェリーで青森に渡るか検討しよう。

7月29日(木) 函館 本日の走行距離 116.3Km
室蘭まであと266Km

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