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2017年5月

体力勝負の一人旅 No.423【坂東三十三観音編】


【20日目・2017年5月3日(4)】

 海に出て西へ方角を変えると左斜め後ろからの追い風だ。これはいい。江の島まで多少アップダウンはあるがもう最後の力を振り絞って行くしかない。

 江の島を通過。片道二車線のきれいな道路になる。追い風に加えて抜いていく車の風も期待できる。場所によっては時速30キロで走れている。
 やがて左側に防風林が出てきて自然の風は遮られてしまうが、巡航速度25キロぐらいで疾走した。

 長谷寺から50分、相模川を渡って平塚入り。時計を見ると諦めてしまうから見ないで来た。右折地点が近づいたところでハンディGPSの画面を速度表示から地図表示に切り替える。地図画面は時刻が表示される。ここで時間を確認すると17時5分。
「右折地点からお寺まで何キロくらいだろうか。うーん、確か5キロぐらいだったような気がする。右折地点まではあと何キロだ?15分遅れでも着きそうにないな。」

 右折地点に来た。17時9分だ。海岸線を離れて花水川沿いに上流へ向かう。さあラストスパートだ。
 新幹線のガードをくぐり、右折地点から5キロ走ってもまだ着かない。小田原厚木道路のガードをくぐってそろそろのはずだ。と奮い立たせる。

 ようやく7番札所金目観音に着いた。右折地点から8キロ、長谷寺から28キロだった。時間は17時31分。
 門は閉まっている。門には『参拝の方以外のトイレ使用禁止』の紙が貼られている。こういうお寺では融通がききそうにないな。

 お寺の家族が出入りする通路を通ってインターホンを鳴らす。
「すいません。納経もうだめでしょうか。」
「もう終わりです。」
「うー」疲れが混じった落胆の声を上げ、疲れた声ですがるように「もうだめですか。」ともう一回言った。
「もう他のことしちゃっているのでだめです。」とあっさり言われた。
 これで終わりだ。「埼玉から来たんですけど」と粘る気もおきなかった。

 ルールはルールだ。時間に間に合わない私が悪い。だけど最後のお寺でこれはつらい。落胆だ。
 ここへ来る途中は今日だめなら明日小田原から出直そうと思っていた。しかし今は坂東三十三観音巡りを続ける気にならない。「もういいや」って感じだ。意気消沈とはこのことか。
 お寺の前の金目川を眺めながらしばらく呆然としていた。気づけば河原で家族がバーベキューをしている。それを見て正気に戻った。

 三十三観音を回ってもまだ煩悩が普通に残っている。時間外にやってもらおうとしたのはそういうことだ。今は冷静になれない。まあとにかく疲れた、お腹が空いた。

 ファミリーレストランで二人前食べて自宅のある小田原へ向かった。
 5月3日20時、無事家に着いて今回の旅を終えた。

5月3日(水) 小田原
 本日の走行距離 126.24Km
 本日の登坂累計 1599m
 本日の消費カロリー 4233Kcal

 今回の累積走行距離 560.2Km

体力勝負の一人旅 No.422【坂東三十三観音編】


【20日目・2017年5月3日(3)】

 鶴岡八幡宮の参道、若宮大路を抜けて4番札所長谷寺に到着したのは15時6分。30~40分で参拝を終えないと平塚のお寺に間に合わない。
 どのお寺も雨でなければ山門からじっくりビデオ撮影するのだが、山門をバッグに記念撮影する観光客の列があるのでやめておこう。

 山門脇の通路を通って拝観料を支払う窓口へ行く。そのまま境内に入るので山門で一礼せずに入ってしまった。
 入ると正面に池があり庭が広がる。池の手前に人だかり。でも池や庭を眺めている様子はない。
 左側に納経所があった。時間短縮のため参拝前に納経のお願いをしておこう。お寺によっては書いてもらっている間に参拝できるところがあるからだ。

 納経をお願いするにも列ができている。7、8人待ちだ。前の人の様子を伺っていると御朱印帳を預けて参拝に行っている。参拝前に並んで正解だ。
 私の番だ。5分は待たなかったと思う。掛軸を渡す前に受付の人から「1時間かかりますけどよろしいですか」と聞かれる。待つしかないだろう。
 参拝に向かおうと振り返ったとき、池の手前の人だかりを見て「あっそうだったのか、この人たちは御朱印待ちか」と気づいた。

 1時間もあるからのんびり楽しもう。境内は高低差があるが参拝に1時間かかるほど広くないだろう。早く納経が終わることもあるだろうから50分ぐらいで戻ることにしよう。

 いろんな花が咲いている。シャガ、ふじ、あやめ、シラン、サラサドウダン。急に花に詳しくなったのではない。嬉しいことに花の名前が書かれた札があるのだ。花を眺めながら、あるいは写真を撮りながら順路に従って進む。参拝ではなく観光に来た気分だ。

 花を楽しみながら階段を昇ると観音堂だ。子供のころ親に連れてきてもらっているがそのときの面影がないのか思い出せない。中に入ると5mぐらいありそうな金色に輝く十一面観音菩薩が立っている。
 これを見て当時の記憶がよみがえってきた。夕日が当たる閉まる間際にここへ来たんだ。そして父に絵はがきを買ってもらったんだ。観音様の前に立ち、手を合わせて4年前に亡くなった父を思い浮かべた。そして瞳が潤んだ。
 後ろに列ができているから、すいているときにまたゆっくりお参りに来よう。

 観音堂を出ると15時31分、戻るにはまだ早い。右側に眺めのよさそうなところがあったのでそちらへ行ってみると由比ガ浜を一望できた。
 さらに人の流れに沿って進むと『散策路』の表示があった。列になって多くの人が散策路を歩いている。列は高台のほうへ続いている。上に何かがあるという案内はない。だけど多くの人が登っていく。不思議だなと思いつつ私も登った。

 いちばん高いところへ来ると、ここでもまた由比ガ浜を一望できる。当然だが下で見るより広範囲に山と海に囲まれた鎌倉を確認できる。
 下りも花を楽しみながら進んだ。納経所まで戻ってきたらもう16時数分前になっていた。だがまだ全部を回り切っていない。足早に弁天窟などを見て回った。

 長谷寺の参拝を終えたら16時10分になっていた。スマホで最後のお寺までの距離を調べると27キロ。どんなにがんばっても17時に間に合わない。鎌倉・湘南を満喫することも考えたが、もしかしたら時間を過ぎても納経してくれるかもしれないと都合のいい期待を抱き、行くだけ行ってみることにした。
 ただ今日は風がある。海に出た後向かい風だったら諦めよう。

つづく

下記URLに写真をアップしました。
http://yahoo.jp/box/_bKJ5G

体力勝負の一人旅 No.421【坂東三十三観音編】


【20日目・2017年5月3日(2)】

 11時30分ごろやっと国道246号線に合流した。
「これで少しは楽になるかな」

 どこかの駅前にでたようだ。人の多さは相変わらずだが、今までとは雰囲気が違う街だ。おしゃれな服を着た若い女性が目立つ。
 二子玉川駅だった。それを知ってなるほど、と思った。ここ数年、よくテレビで取り上げられる街だ。

 すぐに荒川を渡る。東京と神奈川の県境だ。橋を渡り始めるとバーベキューの匂いがしてきた。どこでやっているのだろうか。
 橋の途中で向こう岸の河川敷が見えてきた。バーベキューの匂いのもとはそこだった。ものすごい数のテントが張られ、その下でバーベキューをやっている。橋の欄干が邪魔して全体が見えないが、見える範囲だけでも100張りはあるだろう。みな同じテントだから何かのイベントかもしれない。

 橋の向こうからおしゃれなジョギングウェアを来た女子が走ってくる。都内の細い道を通っているときもジョギングしている人を何人も見た。そのときはおじさんが多かったが、やはり世はジョギングブームだ。
 こんな空気の悪いところでかわいそうだな、と思うと同時に私が住んでいる小田原周辺は恵まれているな、とも思った。
 旅行は自分が住んでいるところの良さを再認識させてくれる。

 国道246号線を10キロちょっと走り、続いてのどかな県道12号線を進んだ。東名高速道路の横浜青葉インターチェンジ辺りだ。
 朝、晴れていた空は全天曇りになっている。そのうち雨が降りそうな気配もある。最終日に雨とは私らしいがそんなことは望んでいない。

 コンビニで今日最初の休憩をする。スタートから3時間走り続けて12時25分、走行距離は45キロだが遠回りにしているので最後のお寺まで半分も来ていない。間に合うか心配になってきた。
 コンビニの前がバス停なのでバス待ち用のベンチで昼食だ。地べたに座るよりずっといい。と思っていたらバスがやって来た。
 私、乗りませんよ、と手を振って意思表示する。それでもバスは一旦停まって再発進した。
 数分後に次のバスがやって来た。違うバス会社だ。辺りはのどかな雰囲気だけどさすがは横浜市、たまにしか来ない田舎とは違う。迷惑になるから地べたに座り直した。

 30分ほど休んで出発。もうあとは鎌倉まで休憩なしで行こう。
 県道12号線、県道109号線、国道16号線、県道17号線とまるで電車の乗換のように道を乗り換える。そのたびに地図の確認だ。
 何度も走ったことがある国道1号線にたどり着いたときには、再スタートから1時間が経過していた。

 見覚えのある景色にホッとしたのもつかの間。たった3キロで大船左折の案内標識が出てくる。戸塚駅を目前にして県道に道を変えた。
 また初めての道なので地図を見るのが忙しくなる。

 北鎌倉駅が近づくと車も歩行者も多くなる。さすが観光地だ。狭い歩道は混雑し、急いでいる人は路肩を歩いている。
 ただでさえ車道が狭いのにそういう人がいるから無駄に渋滞が発生する。少しでも早く長谷寺に着きたいが、迷わずに行ける抜け道はないだろうから鎌倉ペースにあわせるしかない。
 一番混んでいると思われる鶴岡八幡宮まで来た。やはりすごい人だ。でも昨日の船橋の混雑より気持ちがいい。それは多くの笑顔に囲まれているからかもしれない。
 鎌倉っていいな。

つづく

体力勝負の一人旅 No.420【坂東三十三観音編】

【20日目・2017年5月3日(1)】

 いよいよ最終日。でも実感がない。番号順に回っていないからだろうか。それとも家から近いからだろうか。
 9時20分に宿を出る。快晴ではないが晴れている。朝に限れば旅行中ずっと晴れだ。ありがたい。

 最後のお寺までたぶん100キロ弱、普通に行けば余裕で17時に間に合うだろう。都内を通るので焦らず安全第一で行こう。

 国道17号線で荒川を渡って東京都に入る。環八と交差したところで環八に入り国道246号線を目指した。昨日みたいに突然自転車通行禁止の標識が現れないことを願いたいが都内だからそうもいかないだろう。

 環八に入ってすぐ陸橋だ。無駄に体力を使いたくないが立体交差が多いのは環状道路の宿命だろう。後ろから来る車に気をつけながら陸橋のレーンに移った。あまり交通量が多くないのが救いだ。
 陸橋を登り始めたとき一瞬自転車通行禁止の標識が見えた気がした。もしかしたらと思ってがんばってスピードを上げた。陸橋を下れば自転車も走る普通の道だ。

 今度は線路を越える陸橋だ。事前に通行禁止の標識を確認したので強行突破するわけにいかない。陸橋に通じる本線を下りてまっすぐ行くと線路で行き止まり。東武東上線だ。線路沿いに右か左に行くしかない。
 左から迂回したが環八に戻るのは簡単ではない。こんなことを何回もやりたくはなかった。

 また通れない陸橋だ。交差しているのは目白通り。もう環八をやめて別の道がないか、側道に自転車を停めて地図を見始めた。
 近くの家の前で軽自動車を洗車しているおじさんが「どこ行くの」と話しかけてきた。
「鎌倉です」
「えー!鎌倉まで?行けるの?前にやったことあるの?」
「まあ、あちこち行ってます」
「何探してるの?」
「環八は自転車が通れないところばっかで他に道ないかなと思って。」
「この側道を行けばいいよ。環八には本線と側道があるんだよ。」
「でも何度か通れなかったですよ。」
「ここからはずっと行けるよ。」
「246まで続いてますか?」
「続いてるよ。」
 いいことを聞いた。やっぱ地元の人に限るなぁ。

 おじさんの言うとおり暫くは側道を進むことができた。でも国道246号線のはるか手前で側道がなくなる。また線路に遮られてしまった。
 環八と平行する細い道があったのでさっきほど不安にならずに環八に合流できそうだ。広い道に出て環八の標識を見たので無事戻って来られたようだ。

 どこかの駅が右に見える。そのちょっと先で『高井戸 右折』の案内標識が見えた。確か高井戸は環八で通過する地名だったような気がする。なんで右折なんだろう。
 さらに10分ほど走るとこの先環七の案内標識がでてきた。環八を走っているのになんで環七なんだ。もしかしてやってしまったか。そういえば都道311号線が環八だったのにいつの間にか都道4号線になっていた。完全に間違えだ。
 地図を見てすぐにわかった。新宿へ向かっている。つまり鎌倉と逆の東に進む都道4号線を走っている。環七は目の前だ。
 間違えた場所も想像がつく。迂回から合流したところは複雑で、地図を見ると立体交差の六差路になっている。
 合流した交差点の頭上を通っていたと思われるのが環八で、120度ぐらいの角度で左折すれば側道に入れたみたいだ。そこを60度の鋭角に左折したので都道4号線に入ってしまったようだ。

 さあ、これからのことだ。冷静に地図を見ると環七の手前を右折すれば南南西に進む直線道路で環八に合流できる。道に迷わず行けそうだし、通行禁止もないだろう。時間は無駄になったが、案外よかったかもしれない。

 中央線がない部分もある細い道だ。商店街はなく民家が立ち並ぶ静かな住宅街だ。下町っていうのだろうか。広い家が目立ち、畑が残っているのでかなり古くからあった道かもしれない。
 この道を中心に無秩序に開拓された雰囲気がある。例えば交差点、四つ角ではなく五差路以上が多かった。中には信号付き交差点で七差路があった。どこの信号を見て進んだらよいか地元民でないとわからないだろう。

つづく

体力勝負の一人旅 No.419【坂東三十三観音編】


【19日目・2017年5月2日】←前作まで5月1日の旅行記を誤って4月30日と記載していました。

 昨夜の五井温泉はここもまた黒湯だった。ぬるめの露天風呂に浸かりのんびり。肌のぬるぬる度は御宿ほどではないがぬるぬるする。黒湯共通の効果なのだろうか。朝も起きたてに浸かってから食事にした。

 今後の行程は埼玉の春日部市にある豊春駅まで北上したあと神奈川のお寺を目指し南下する。そのまま家まで走ってゴールだ。
 豊春駅へ行くのは昨日大網白里へ行ったのと同じ理由だ。おととしの年末にジョギングで坂東三十三観音巡りをした。そのときのスタート地点が豊春駅だった。つなぐために豊春駅へいかなければならない。

 旅行前に準備した行程表で今日はどこまで行けそうか確認する。
「えっ!」
 もう1つ千葉のお寺を残していた。29番千葉寺だ。昨日納経してくれたおばさんが下の方は埋まったと言ったのでそのつもりになっていた。
 まあ自分で確認しなかったのが悪かったとして、そのお寺は通り過ぎてしまったのか、そこが問題だ。
 地図を見たらここから10キロぐらい北で通り過ぎていない。ほっとした。

 自転車に荷物を括りつけていると作業をしていた宿の男性が声をかけてくれた。
 ハンディGPSに千葉寺を登録するため「千葉寺は青葉の森公園のとこですか?」と尋ねたら、国道から曲がる場所をわかりやすく教えてくれた。
 おかげで道に迷うことなく青葉の森公園に到着した。千葉寺はここから数分だ。

 10時50分に千葉寺を出発し、習志野にある谷津干潟を目指した。谷津干潟は千葉県に住む友人のお薦めの場所だ。
 国道357号線で湾岸を走る。快晴でちょっと暑いが車が巻き起こす追い風で快調だ。
 しかしいやな予感が的中した。自転車通行禁止の標識だ。残された道の幕張メッセ方面に進むしかない。一旦海側に出るのでちょっと遠回りになる。
 行ってみると自転車専用レーンがあり交通量が少なく案外いい。

 谷津干潟の入口付近で再び国道357号線に合流した。車道と平行して歩道があるのでそちらを進んだ。
 500mは走っただろうか、道路の右側が干潟なのは間違いない。だけど中央分離帯があって右折できない。
 右折できるところまで進んでUターン。2キロぐらい無駄に走ってしまった。

 干潟は幼稚園児の遠足でにぎやかだ。お弁当を広げて楽しそう。
 そこを抜けると観察エリア。穴の空いた塀が水辺近くに設置されている。望遠レンズを穴に向けたシニアたちがいた。

 干潟の外周に立つと高層マンション郡と自動車道に挟まれているのがわかる。このギャップはなんとも不思議だ。
 のどかな干潟から現実の町に出る。渋滞と信号待ちでなかなか進まない船橋と市川を通り、江戸川沿いを北上して埼玉県に入る。

 日光街道を北上して目的地の豊春駅を目指していたがショートカットを試みて細い道に迷い込んでしまった。そのおかげで数百メートルは続いている満開の藤棚に出合えた。
 植物園やお城など何かの施設の中の立派な藤棚はいろんなところにあるが、こちらは広めの歩道の頭上がずっと藤棚になっている。これは珍しい。
 案内板を見ると大沼公園と書いてあった。もしかしたら公園の一部なのかもしれない。

 豊春駅に着いたのはもう夕方の16時17分。渋滞など走りにくいところが多かったので思ったより遅くなってしまった。
 豊春駅から南西の浦和方面へ向かった。やがて商店が多くなり、浦和レッズの旗が掲げられているエリアに入った。そこは北浦和駅周辺だった。

 17時40分、北浦和駅に到着した。まだ明るいのでここで泊まるのはもったいない。それにまだ100キロ走っていない。最低100キロ走らないと罪悪感がする。
 県境の荒川まで10キロちょっと。体力的には東京入りできるが、埼玉の宿の方がリーズナブルだろう。
 荒川を渡る直前の戸田公園駅付近の宿を予約した。ここなら100キロ超えになる。今日はここまでにしておこう。
 明日はいよいよ最終日、東京入りだ。

5月2日(火) 戸田公園
 本日の走行距離 109.3Km
 本日の登坂累計 904m
 本日の消費カロリー 3976Kcal

体力勝負の一人旅 No.418【坂東三十三観音編】


【18日目・2017年5月1日(4)】

 近くで宿がありそうな町は木更津だが、おとといゴールデンウィーク価格だったから木更津はやめよう。
 足を伸ばして五井の温泉宿を予約した。まさか五井に温泉があるとは思わなかった。姉崎駅まで20キロちょっとだ。五井は次の駅だから行ける距離だろう。
 20年以上前に木更津から市原まで走ったことがある。時間帯もほぼ同じだ。そのとき走りやすかった記憶がある。バイパスなので車が追い風を作ってくれるからだ。路面が今一なのと店が少ないのが難点だった気もする。

 17時48分、高倉観音を出発した。バイパスは予想どおり追い風だ。気持ちよく走れる。路面の悪さも相変わらずでところどころで激しい振動を受けたり、砂利が浮いているところを走ったりした。
 後輪からカタカタと音が聞こえてくる。きっとあれだ。一番大きいギアの内側に付いているプラスチックの円盤が外れたのだ。
 円盤はリムに取り付けてチェーンの脱落を防ぐものだ。昨年の旅行で取付部分が割れて、気仙沼の自転車屋さんにビニールテープによる応急処置をしてもらった。
 旅に出る1週間前にそれに気づき、注文したが間に合わなかったのだ。

 今日すでに1回外れている。ビニールテープを貼りなおしたが再び外れた。バイパスは高速で走るから車輪に挟まったら危険だ。プラスチック板を割って取り外そう。
「気仙沼の自転車屋のおじさんありがとう。今日までもったよ。」とおじさんを思い出しながらプラスチック板を割った。

 19時55分、五井温泉に到着した。思ったより遠く、高倉観音から32キロもあった。幸い20年前と違って店がたくさんあったので食事休憩をとることができた。

5月1日(月) 五井
 本日の走行距離 135.2Km
 本日の登坂累計 1306m
 本日の消費カロリー 4561Kcal


体力勝負の一人旅 No.417【坂東三十三観音編】


【18日目・2017年5月1日(3)】

 次の30番札所高倉観音まで26キロ。14時に笠森観音に着いたときはかなり余裕があると思っていたが、笠森観音に1時間も滞在していたので余裕は少しになってきた。
 雷は止まり、風は静まり、雨が少し残っている程度だ。カッパを着たまま出発した。

 しばらくして雨がやみ、日が射すほど回復したのでカッパを脱いだ。気温が低いままなので汗で濡れたウェアはとても寒い。体を温めようと少しペースを上げた。
 しばらくするとまた降り始めた。もう1回カッパを着る。脱いだり着たりするのはけっこうなタイムロスだ。だんだん残り時間が気になってきた。

 高倉観音が小さいお寺で参拝時間が16時や16時30分までだったらどうしよう。その可能性がなくもないから16時30分までに着けるよう休憩せずがんばろう。

 国道409号線から県道に入る左折ポイントにやってきた。そこで目にしたものは『富川橋通行止め』だった。橋がどこにあるのか知らないが、左折するところで封鎖されている。
 迂回路へ行くしかない。どのくらい遠回りになるかを調べる余裕はない。道を間違えないことが重要だ。冷静になろう。

 国道409号線を3キロぐらい行ったところで左折し県道33号線に入った。さらに3キロぐらい走ると左から来る道路に『富川橋通行止め』の看板がでていた。通りたかった道にここで合流したことになる。
 あとはこのまましばらく進めば左側に高倉観音が見えてくるはずだ。時間は16時23分。30分到着は絶望的だ。

 緩い坂を登っていくとやっと高倉観音の案内板だ。大きな橋の手前を左折するよう案内されている。
 左折したものの「本当にこれであっているのか」とつぶやくぐらい下りの細い道が上流に向かって伸びている。高倉観音へ行くにはこの川を渡らなければならないはずだ。見下ろしても橋は見えない。
 もう16時39分になってしまった。下り切ってUターンなんてことになったら大変だ。今のうちにUターンしておこう。

 大きな橋を渡ってから登りが続く。橋から1キロ以上走って高倉観音左折の案内が再び出てきた。左折してからさらに200m以上走ってもう1回左折。今度はヘアピンカーブだ。そこからきつめの登り。もう1回ヘアピンカーブを曲がって到着した。
 県道33号線沿いにあると思っていたが違った。老眼で地図を正しく見られなくなっている。

 時間は16時48分。駐車場があり17時まで開いていそうな規模のお寺だ。入口付近に自転車を止めて目の前にあるお寺の案内板を見ると、拝観料300円、受付時間午後4時まで、終了時間午後4時半までと書いてある。慌てて掛け軸を自転車から外し、本堂に目もくれず納経所へ走った。

 納経所まで行くと17時までと書いてあった。間に合った。しかも拝観料を払うところもなかった。
 納経してくれるおばさんが掛け軸を開き
「もうこれで下の方は全部埋まりましたね」と言う。
「あとは鎌倉と平塚です。」
「じゃあ家の近くだけね。」
 その前の雑談で私が小田原から来たことを知っていた。
 おばさんは33番那古観音の納経を見て
「那古観音のところはやっぱり結願の印を押してくれなかったのね。せっかく遠くから来てるのにね。決まりだからしょうがないんですけどね。」と慰めてくれた。

「橋が通れなくて間に合わないかと思いましたよ。」と切り出すと
「昨日も見えた方がそこの橋が通れなかったって言ってたわ。」
「そこの橋ってすぐそこの大きい橋ですか?」
「そうよ。」
「そこも通れなかったんですか。僕が通れなかったのは国道から入ってすぐの富川橋とかいうとこです。」
「遠くから来る人は困るわよね。迂回路っていったってわからないですよね。」

「そこの大きい橋の手前を左に曲がる案内板があったんですけど、その道でも来られたんですか?」と訊いた。
「来られますよ。」
「どっちのほうが近いんですかね。」
「変わらないかな。橋を渡ったほうがちょっと近いかな。」
 それを聞けて良かった。

 参拝を終えて自転車のところへ戻ってきた。最初に見た受付16時の看板は『観音浄土界と地獄・極楽界めぐり』というものだった。焦ってはいいことないな。

 自転車の横で地図を開く。雨が嘘のように晴れている。でも寒いので西日が当たるところまで数メートル移動した。
 残るお寺が地元の2か寺だけと思うとなぜか解放された気分になった。

 1台の車が私の横で止まった。納経してくれたおばさんの車だった。
「大丈夫ですか?」
 納経してからだいぶ時間が経っていたから心配してくれたのだろう。
「大丈夫です。」
「お気をつけてお帰りください。」
 千葉最後のお寺がこういうところで良かった。

つづく

下記URLに写真をアップしました。
http://yahoo.jp/box/XDCI7B

体力勝負の一人旅 No.416【坂東三十三観音編】

【18日目・2017年5月1日(2)】

 9時53分、清水寺(きよみずでら)に到着した。最後にお寺の案内標識に従い県道からわき道に入ったので、ちょっとした丘のアップダウンで体力を使ってしまった。たぶん車用の案内だったのだろう。ちょっと遠回りすれば平たんで来られそうな地形だ。

 駐車場から本堂まで登りが続く。仁王門をくぐるとその先にもう一つ門がある。中には四体の仏像がある。門の裏側へ行ってみると四天門と書かれていたので仏像は四天王だろうか。

 本堂をお参りした後、納経所へ行き四天門の仏像は四天王なのか訊いてみた。すると二体は風神・雷神で残りの二体は四天王のうちの二体だという。
 四天王の残りの二体はどこへ行ってしまったのだろう。訊いてみると本堂にあるが参拝者から見えないそうだ。四天王を分離するのは普通のことなのだろうか、疑問が湧いてきた。

 清水寺から県道へ戻るのに来た道と違う道を選択した。案の定、坂なしで県道に戻れた。この道を選択できたのはハンディGPSのおかげだ。
 気をよくして茂原を目指す道も遠回りする主要道路ではなくハンディGPSを頼りにショートカットの道を好んで選択した。
 ショートカットが成功し国道128号線に合流する。このころ北からの向かい風に変わっていた。茂原の中心地まであと5キロ。目指すは茂原のさらに北、大網白里だ。

 大網白里は2015年夏のゴール地点だ。そこまで行かないと旅はつながらない。茂原と大網白里間は単に往復してくるだけだがつなげないと気が済まない。

 大網白里で折り返せば追い風だと思ってがんばっていたが風向きが変わった。西風になっている。空は少し雲が出てきたがまだ晴れている。
 雨が心配で休憩を先延ばしにしてきたがそろそろ限界だ。清水寺から30キロ走ったところで昼食休憩にした。

 20分ほどの休憩を終わると曇り空に変わっていた。次のお寺に着くまでもってほしい。

 休憩したところは大網白里のすぐ近くだった。わずか6分で2015年に自転車を送ったヤマト運輸に到着した。当時の暑さと向かい風に苦しめられた記憶がよみがえってくる。写真を撮ってすぐに折り返し茂原へ向かった。

 国道128号線で茂原まで行き、国道408号線を南西へ向かった。西からの向かい風は想像したほど強くなく助かった。
 やがて緩い登り坂になり、31番札所笠森観音まであと2キロに迫ったときだった。かすかに雨が降ってきた。空の明るさはそれほど変わっていなかったのでお寺まで大して降らないだろう。
 しかし雨量が少しずつ多くなっていった。本降りになる前に到着しようとペースを上げた。

 14時に笠森観音に着いたときには本降りになっていた。駐車場に面したレストハウスがなぜだか閉まっていたので、店内に入る数段の階段に自転車を上げ、軒下に止めた。
 カッパの支度をしているうちに風雨が強くなり雷が轟き、気温が下がってきた。本堂へ向かう階段は木々に覆われ雨を和らげてくれる。

 山門をくぐると参道の左側に露店が数軒並んでいる。坂東三十三観音でこんな光景は珍しい。
 今朝、宿のおばさんが笠森観音は立派よ、と言っていた。確かに他のお寺と違うが本当に驚いたのは本堂だった。

 奈良の長谷寺の木の階段のようと言ったら言い過ぎだが、木の階段を昇って本堂へ行く。正直、寒くて周囲を感じる余裕がないまま本堂へ入った。
 そこで目にした昔の本堂の絵から、すごいところに建っていることを知った。尖った岩の先端に建っているのだ。支えるために岩山を取り囲むように柱が何本も立っている。階段から岩山と柱が見えたはずだ。帰りに確認しよう。

 あまりの風雨と雷で本堂から下りるのを躊躇していた。風雨のピークを越えたところで岩山と柱を確認しながら階段を下りた。不規則な形の岩に柱が立っている。現代だったらこんなところに建築許可は下りないのではないだろうか。

つづく

下記URLに写真をアップしました。
http://yahoo.jp/box/XDCI7B

体力勝負の一人旅 No.415【坂東三十三観音編】

【18日目・2017年5月1日(1)】

 目覚めて外を見ると今日も快晴だ。雨の心配をしなくてもいいのは楽だなと毎日思う。ところがテレビを見ていると午後から雷雨だと言うではないか。こんなにいい天気なのに?
 天気予報を見なければ途中で大慌てになるところだった。近年の天気予報の精度の高さに感謝だ。

 今日は32番、31番、30番と3つの札所を回る。3つ目のお寺まで100キロちょっとだから普通に走ればお寺の閉まる17時に余裕で間に合うはずだ。ただ雷雨で進めなくなることもあるので寄り道はできないな。

 外へ出て宿の外観を記念撮影する。2階に干してある洗濯物は今にも飛んでいきそうなぐらい風に煽られているが、地上にいる私はそれほど風を感じていない。昨夜と同じだ。

 8時45分に宿を出発した。海沿いの国道に出ると南からの追い風だった。天気予報だと北風に変わって寒気が入り雷が発生するという。北風に変わる前に北上を終えておきたい。
 今日のルートは大まかに言えば北上60キロ、南西へ50キロで3つ目のお寺に到達する。運がよければずっと追い風になる。

 昨日は朝から右足のもも裏に張りと痛みを感じていた。2日目から痛みが出るようではやばいかなと思っていたが、今日は全然張りも痛みもない。温泉効果だろうか。

 走りながら昨日33番札所で言われた掛け軸の余白に納経してもらうお寺の名前を思い出そうとしていた。上田市のキタムキ観音だったかキタムカイ観音だったかわからなくなっていたのだ。
 考えてもはっきりしそうになかったので、帰ったらネットで調べることにした。ちょうどそのとき信号待ちで止まった左側に小さなお堂があった。
 説明板もあったので止まったついでに自転車を下りて説明板を見に行くと『北向地蔵尊』と書いてあり、『きたむきじぞうそん』とふりがなが入っていた。そうか、きっと上田市の北向(きたむき)観音が正解なのだろう。

 説明板を読むとすごい地蔵尊であることがわかった。
 安置したのは大正12年の関東大震災直後で歴史は浅い。その後の道路事情により今の場所に移設された。
 平成4年、大型トラックが地蔵尊に突っ込み、お堂が破壊され、お地蔵様の首が折れてしまった。それでもけが人がでなかったのでお地蔵さまが身代わりになってくれたと言われている。

 身代わり地蔵の話はよく耳にするが、平成の時代のできごとは聞いたことがなかったと思う。これは拝まずにはいられない。私をここで自転車から下したのもお地蔵様パワーかもしれない。
 新しいお堂には新しいお地蔵様が安置され、その背後に修復されたお地蔵様が安置されている。まるで背後霊のようだ。

つづく

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体力勝負の一人旅 No.414【坂東三十三観音編】

【17日目・2017年4月30日(5)】

 中から家着姿の年配女性が現れた。今日はお客さんなしでのんびりしていたようだ。泊まれるか訊いたら、「はい、今日天気よかったので布団干したから・・・ちょっと待って」と言って、家の奥へ姿を消しあわただしく準備を始めた。
 まだ値段を聞いていないのでちょっと焦った。女性が布団を抱えて出てきたところで、「いくらですか。あと洗濯機お借りできますか。」とこちらもあわただしく訊いた。
「4,500円です。洗濯はどのくらいあるの、出して洗っておくから。」と言いながら庭の奥に建っているもう1軒の建物へ向かい、「部屋はこっちです。」と案内された。

「お風呂はどうする?うちのに入る?温泉に行く?」と訊かれた。
「近くに温泉があるの。クアライフって知らない?」と続けた。
「知らないです。お金は?」
「入湯税の150円だけよ。歩いて行けるから。」
「じゃあ温泉にします。」

 2階に案内された。扉を開けると2~3mほどの廊下の先にトイレと流し。左の廊下を進むとまた扉があって、その先が洋間。ソファーにテーブル、テレビなどがあり、清潔で、6畳よりちょっと狭いだろうか。値段を考えたら最高だ。
「寝るところは左の部屋よ」と年配女性は言う。
 もう一部屋あるのか?さらに進むと扉があって6畳の和室があった。なんて贅沢なんだろう。

「温泉に行っている間に布団敷いておきますから、これ鍵です。」
 洋間の扉を閉めて鍵をかけようとしたが鍵穴がない。「ん?」
「鍵はこっちですよ」と最初の扉のほうを指差した。
「トイレは共用じゃないんですね。」
 トイレ付きでこの値段。大当たりの宿だ。

 間借り人のような気持ちになり「じゃあ温泉行ってきます」と言うと、「まっすぐ帰ってきてね、戻ったらすぐ洗濯するから。」と見送られた。

 温泉までの行き方を教わったが随分適当だった。「2軒先を右に曲がって、国道に出たらそれを渡って、川沿いに出れば建物が見えるから。」と言われて川沿いまで来たものの、「温泉施設の建物ってどれだ?」とつぶやいた。

 国道の交差点付近を見回しても温泉の案内標識はない。歩いている人がいないので聞くに聞けない。見える建物はずっと先にあるマンションぐらい。不安になりながらマンション方向へ歩いた。
 すぐに『クアライフ御宿 600m』の看板を見つけた。不安は解消したがこんなことなら自転車で来ればよかった。
 マンションに近づくとマンションの1階が温泉施設だった。想像していたのは1階建ての町内温泉だったからびっくりした。これなら『建物が見える』と言いたくなるのもわかる。

 受付で200円渡してお釣りをもらおうとすると、受付のおばさんが「カードは?」と言う。カードがないと1,000円らしい。宿の名前を訊かれても覚えていなかったので、尋問するような口調でいろいろ訊かれた。
 宿の場所や外観の特徴を説明したのでおばさんはきっとどこの宿かわかったはずだ。それなのに「宿がわかれば電話で聞くこともできるんだけど」と言う。
 そんなやりとりをして150円で入らせてもらえたが、気分は悪くなった。

 風呂場は町の人であふれかえっている。洗い場の待ち状態だ。湯は黒く、湯船に浸かると若干ぬめりを感じた。この感じ、どっかで体験したな。
 そうだ同じ千葉のずっと北の飯岡温泉だ。
 飯岡温泉ほどすべすべ肌にならないが肌がきれいになりそうなお湯だ。それだけに受付とのやり取りが悔やまれる。

 宿に戻ってカードのことを告げると、「そう、カードを渡すのを忘れちゃったのよ。でも電話来たから。」と言う。
 なんだ、やはり受付のおばさんはどこの宿かわかっていたんじゃないか、すぐに電話してくれればよかったのに。

 夕食と朝食を近くのセブンイレブンで調達した。歩いていて風を全く感じないのに木々の上のほうは揺れている。2階の部屋に戻ると木々の揺れる音や建物ががたつく音、風自体の音が聞こえるほどの強風だ。
 地上付近は風が来ないような独特な地形なのだろうか、不思議だ。

4月30日(日) 御宿
 本日の走行距離 103.3Km
 本日の登坂累計 1086m
 本日の消費カロリー 3936Kcal
使用した計測機器
 距離と登坂 ユピテルASG-CM21(今回の旅から変更しました。登坂が今までのものより多く出る傾向があります。)
 消費カロリー EPSON SF-850


体力勝負の一人旅 No.413【坂東三十三観音編】


【17日目・2017年4月30日(4)】

 追い風に乗ってすいすい北上する。観光地が続くのでホテルや民宿を多く見かけるようになった。まだ14時台だけど民宿の混み具合をチェックして今晩の宿探しに反映しよう。
 最近、宿探しが苦痛になってきている。でも今、『宿探しはゲームだ』と思える心境になりつつある。それ自体も楽しんじゃおう、ということだ。

 『空室あり』の看板を出している民宿がたまにある。18時前に現地で探せば何とかなりそうだ。

 鴨川シーワールドで有名な鴨川を過ぎ、案内標識に大多喜町や養老渓谷の表示が出てきた。大多喜町は換金性の高いふるさと納税で有名になり、養老渓谷は都内からの日帰り観光スポットで人気急上昇中だ。かなり内陸に入るので今回は見送ろう。

 次に鯛の浦の案内標識だ。大昔から鯛を獲ってはいけない場所とされ、今では船に乗って鯛の餌付け観光ができる。
 獲っていないから大量に生息しているらしい。ブリが減った話を聞いたあとだけに気になって寄ってみることにした。

 国道を右折するとすぐに船乗り場があった。船に乗るつもりはないが乗り場まで下りてみると営業は終了していた。時間は16時40分、ちょっと早い終了のような気がしたが、遊覧して戻ってくることを考えたら16時ごろが最終なのかもしれない。

 自転車を下りたついでに、地図を広げてどこで宿を探そうか検討を始めた。そこへ閉店準備をしている男性がシャッターの柱を取りにやってきた。
 店の脇に自転車を止めたので邪魔しちゃって申しわけないなと思っていたら男性が声をかけてきた。

 邪魔扱いされるのかと思ったら、「どこへ行こうとしているの?」と優しいお言葉だった。宿探しをしていると答えると、「この辺でキャンセル待ちは高いからやめたほうがいいよ。」とここで観光に携わっている人とは思えないアドバイスをしてくれる。
「工事関係者が泊まる素泊まりの宿でよければこの先にあったなぁ。」
「素泊まりで十分です」
「ひとつはお蕎麦屋さんを宿にこの間改装していたよ。鵜原ってところでトンネル出て右側。もう一つは勝浦の先かな、左にセブンイレブンがあってその手前にあるよ。」
 新装開店で安く泊まれれば言うことはない。鵜原は目標の勝浦より少し手前だがこの際致し方ない。

 鵜原、トンネルでて右、元蕎麦屋、それだけを頭で反復しながら走ったらそれらしき建物を見つけた。我ながらこの情報でよく見つけられたと思った。
 建物はきれい。1階は焼き肉店のようでもあるので夕食はここで済ませられそうだ。ここにしよう。
 店に入って聞いてみると宿泊は5月オープンだった。残念だ。

 観光地の中心から少し外れた素泊まりの宿を狙うことにした。勝浦の中心地に入る前に1階が魚料理店になっている素泊まり宿があった。ちょうど料理人が外でたばこ休憩していたので、道路を挟んだ逆側から「今日泊まれますか?」と大声で訊いた。
「空いてますよ」
「いくらですか?」
「えーと・・・、今日は6,400円かな。」料理担当であって宿の直接の関係者ではなさそうだ。
「わかりました。ありがとうございます。」と言って先へ進んだ。あまりきれいな建物ではなかったのにこの値段は高すぎる。しかしこれでけっこう空きがあることは確認できた。

 やがてセブンイレブンが見えてきた。その手前にさらに年季の入った建物の宿泊施設があった。鯛の浦で教えてもらった2軒目はここだろう。
 確か3,000円ぐらいと言っていたので、建物には目をつぶって空きを確認しよう。中に入るといきなりシャワー室。海水浴客用だろうか。「すいません」と何回も声をかけるが誰も出てこない。
 まだ外は明るいし、先へ進もう。

 走りだしてすぐ分かれ道。右は海沿いを走る国道、左は御宿駅に向かう道。駅名からして宿がある町かなとふざけた気持ちで左のルートを選択した。
 宿どころか民家が並ぶ通りで観光の『か』の字もない町並みだ。ところが100mも進むと普通の民家の門に『素泊まり民宿 温泉入浴サービス有り』と書かれた黄色い看板があった。
 建物は普通の民家だ。門の前には普通の車が止まっている。この家の車だろう。温泉入浴サービスがどういうことなのか飲み込めないまま民家を訪ねた。

つづく

体力勝負の一人旅 No.412【坂東三十三観音編】


【17日目・2017年4月30日(3)】

 鉈切洞穴の後ぐらいからコンビニを見つけたら昼食にしようと思っているがなかなか出てこない。

 洲崎灯台から2キロのところにポツンと建っている小さな食堂があった。メニューは2種類で500円。同じメニューで弁当も受け付けているようだ。
 中に入るとスナックを改装した感じのカウンターがあり、カラオケがある。お客さんが1人、従業員は2人のおばちゃん。そこへおじさんが1人入ってきた。「店の名前はなんていうんですか?」と言いながら席に着いた。
 新規オープンしたばかりで看板がない。おばちゃんが店紹介を書いた紙をおじさんと私に配る。おかずだけの販売もあり、一人分の料理を作るのが面倒な高齢者のために立ち上げた店に思えた。

 おじさんは最近洲崎に越してきたらしくこの店のこと、この町のことをいろいろと訊いている。
 この店の改装前は釣り宿。昔に比べると魚が全然獲れなくなったそうだ。昔はブリの大群が来ると海が盛り上がったように見えたそうだ。それを見て船を出したと言っていた。こういう話を経験者から聞くと、魚不足を実感して他人ごとではなくなっていく。

 入ったときにいたお客さんは不動産業でこの土地を狙っている。貸別荘に適した海が見える土地を探している、と切り出した。「向こうの海の方までここの土地でしょ、貸別荘にしない?」とお客さんに扮した商売っ気たっぷりのおじさんがおばちゃんに迫っている。
「向こうは官地だよ」とおばちゃんはそっけない。それでもおばちゃんを口説こうとおいしい話をするおじさん。
「そんなによければ土地貸すからやらない?」と切り返すおばちゃん。地域貢献の理念がありそうなおばちゃんに金儲けの話をしても無駄だろうな。

 海を右に見ながら再びサイクリング。食堂に寄ったのは正解だった。向かい風の中をしばらく走ったがコンビニは出てこない。コンビニはおろか店や民家もあまりない。
 右から海、道路、原野、山の光景だ。北海道以外で原野が広がっているのは珍しい。風が強いから畑にもできないのだろうか。千葉がこんなにのどかなところだとは思わなかった。三浦半島のほうがはるかに栄えている、とついつい三浦半島を引き合いにだしたくなる。

 もしかしたら原野に見える広大な土地はある季節になると花で埋め尽くされるのだろうか。それならその時期に再訪したい。

 ほぼ最南端に来てからは追い風ぎみになって快適だ。この季節は南風の確率が高いと考えて反時計回りにした。今から房総半島を抜けるまでずっと追い風になるだろう。

 11時40分、千葉県最南端の灯台である野島崎灯台に着いた。『のぼれる野島崎灯台』を売りにしていてこのキャッチコピーを何か所かで目にした。
 のぼれる灯台がそんなに珍しいだろうか。銚子の灯台だって登れた気がする。わざわざこんなキャッチコピーをしかけているのを見たら登る気がなくなった。
 最南端の碑をささっと見て再び自転車に乗った。

つづく

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体力勝負の一人旅 No.411【坂東三十三観音編】

【17日目・2017年4月30日(2)】

 もう今日はお寺へ行く予定はない。だから時間に縛られない。行けるところまで行けばいい。と言いたいところだが宿の問題がある。
 海沿いを反時計回りで勝浦まで約100キロ、大原まで110キロ。昨夜、勝浦~大原で空いている宿を調べておいた。金額的に泊まれる宿が1軒だけあったので、今朝ネット予約しようとしたら当日予約を受け付けない宿だった。
 今日も宿探しが大変かもしれない。勝浦は房総半島の南西だ。昨日みたいに電車移動作戦が使える場所ではない。だけど、まあなるようになるだろう。

 東京湾のほうに突き出た洲崎を目指して海沿いの県道257号線を走る。那古観音から30分ほど走ったところで洞穴の看板が目に入った。100mぐらい歩けばありそうなので寄ってみることにした。

 鉈切洞穴(なたぎりどうけつ)と書いてある。木々に囲まれた町の小さな神社の参道のような雰囲気のところを歩いていくと、作業着姿の優しそうなおじいちゃんがこちらにやって来る。
「洞穴見たい?」と優しい声で問いかけられた。
「見たいです」と反射的に答えたがどういうことだろうか。
「あと5分早く来ていれば開いていたのに」
 案内看板まであるのに普段は閉まっているということなのか。
 おじいちゃんは「まあ時間あるし、もう1回行くか」と言って案内してくれることになった。おじいちゃんの顔はにこやかで、洞穴の話をいろいろとしてくれた。

「明日のNHKスペシャルで放送されることになったんだよ。テーマはね、言っていいのかな。フィリピンから黒潮に乗った魚を追ってここに来たって話なんだ。
 縄文時代に洞穴で生活していたみたいなんだ。魚とかの骨がいっぱい出てきたんだよ。」

 階段を昇ると神社の本殿のような建物があり、その脇に洞穴の入口があった。扉の鍵を開けて中に入れさせてくれた。奥行は30mぐらいあるだろうか。岩肌は崖観音のそれに似ている。

 洞穴を出て、右側にこの地方に伝わる神話についての掲示板があった。「ゆっくり見てって」と言って一瞬おじいちゃんは帰ろうとしたが、掲示板に向かう私に付いてきて解説してくれる。
 さらに「独木舟(まるきぶね)見たい?」と言って、耐火倉庫のようなところへ行き、重たい鉄の扉を開けてくれた。
 中には2500年前の独木舟がある。こんな貴重なものが間近に見られるなんてラッキーだ。脇には骨がたくさん入っている箱があった。「洞穴の出土品だよ。形のいいのはみんな博物館に行っちゃっているけどね。」

 洲崎へ向かって再スタートしてわずか15分で洲崎灯台へ到着した。灯台入口付近にシソの色をした海藻が干してある。これは何だろう。ちょうど通りかかったおじさんに訊ねると
「てんぐさだよ。伊豆で有名だけど、ここも採れるんだ。」と教えてくれた。
「ところてんになるやつね」と私が言うと、
「そう、あと寒天にするんだ。」

 階段を昇って数分で灯台だ。高さ15mの小さな灯台だけど東京湾の入口を指し示す重要な役割を担っているそうだ。大正8年に竣工してからは洲崎の東で座礁する舟はなくなったと解説されていた。

 灯台から戻ってきたら2人の女性が熊手でてんぐさを掻き集めていた。
「どのくらい干せばいいんですか?」と訊ねると
「今日みたいに天気のいい日は半日ですね。」
 今は12時30分。半日でいいのならすごい回転で生産できそうだ。
「じゃあ毎日、採って干して、採って干してなんですね。」
「採れればですけどね。」

 次は房総半島最南端の野島崎灯台を目指そう。

つづく

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体力勝負の一人旅 No.410【坂東三十三観音編】

【17日目・2017年4月30日(1)】

 昨日に引き続き快晴だ。昨日の朝の週間予報でまったく雨マークがなかったから、珍しく雨なし旅行になるかもと期待している。
 夏と違って暑くて走れないってとこはないから快晴大歓迎だ。

 昨日木更津駅に着いたときに時刻表をもらっておいた。それによると下りはけっこう本数があるので安心だ。
 駅に向かいながら時刻表を見ると8時28分発になりそうだ。あと3分早く宿を出られたらもう1本前に乗れたのに、これだと駅で10分ぐらい待ちが発生してしまうと悔やんだ。
 駅に来てみたら那古船形まで行かない電車ばかりだ。28分は那古船形へ行く。よくよく調べたら那古船形まで行くのは1時間に1本しかない。適当に宿を出て、10分待ちで乗れたのは運がよかった。

 9時30分に那古船形駅に到着した。まずは昨日気になった崖の観音に行くとこにした。
 駅前の案内板は33番札所那古観音と同格に扱われている。期待が持てそうだ。

 5、6分で崖の観音に到着した。小さな山の一部が崩落したように岩肌がほぼ垂直にむき出しになっている。横に筋が入った地層だ。
 その中腹で、崖にへばり付いた朱色のお堂がある。案内板によると観音堂だ。観た感じ大げさにいえば、鳥取だか島根の投入堂に似ている。もっとも投入堂に行ったとこがないので、テレビで見た記憶での話だ。
 観音堂まで手摺付の階段があるから年配者でも行きやすい。実際、半数以上が高齢者だ。
 観音堂に登ると街と海を一望できる。登る価値ある眺めだ。これが無料なのはうれしい。列ができるほどではないが、参拝者が
次々に来られて階段に人がいないとこはなかった。

 次の那古観音もわずか5、6分で到着した。入り口に『結願の寺』と書いてある。そういわれれば最後の札所だと気づかされた。番号順にお参りしてないから結願なんて頭になかった。

 階段を昇り山門をくぐると正面に本堂。その手前左に納経所がある。先に納経所へ行き、掛軸の納経を頼んだ。

 33番札所なので納経する場所は軸の下の方だ。一番下ではなく下から2番目だ。
 一番下に3ますの余白がある。そのことについて納経しながら教えてくれた。
「全部揃ったら真ん中に長野の善光寺、右でも左でもいいので上田の北向観音、もう一つはお世話になっているお寺の総本山の印を押してもらって下さい。」
 やはり今回も善光寺なんだな。

 お坊さんはさらに続けた。
「那古寺は本来であれば結願の印というのを押すんですが、まだお揃いになっていませんので押すことができません。33の観音様がお揃いになったら押せますので、こちらに来る機会があったらお持ちください。」
 知っていたら当然最後にしたのだがどこのお寺でもそんなアドバイスはもらえなかった。ちょっと残念だが、残念さが増幅することも言われた。
「フリースペースが上にあるものを選んでいれば、善光寺で菊の御紋を押してくれるんです。下だと押してくれないんです。」
 残念な思いを抱きながら本堂へ向かった。

 本堂の屋根の三角のところにかわいい顔をした鬼のようなものがいる。近づくと左側からお入りくださいと書かれている。
 左に回るとこちらが正面で、山門からまっすぐ来たところは側面だっだ。逆の側面にもかわいい鬼がいた。
 正面を背にするとすぐ海。小高いから眺めがいい。崖の観音もそうだったが、海側に正面を持ってくるものなのだろうか。

 帰りに納経所へ行って鬼のことを訊いた。
「あれはあまのじゃくです。ここのお寺は独特で、山門を入って正面に御本尊が見えないんです。観音様はずっと海を見てますから。
 山門と山から入ろうとする悪いものをあまのじゃくが見張っているのです。」
 こういう話が聴けて得した気分だ。

 つづく

体力勝負の一人旅 No.409【坂東三十三観音編】

【16日目・2017年4月29日(2)】

 下船して正面に見える絶壁の山が鋸山だろう。あの中腹にこれから目指す日本一の大仏がある。

 国道127号線を南下する。3キロ程で左折して、四国お遍路を彷彿とさせる細い道へ入る。
 最初は緩やかな登りだが歩行者道路と別れてからきつくなった。フェリーで回復した脚があっという間に疲労状態に戻ってしまった。

 駐車場からさらに階段を昇って、日本一の大仏が見えてきた。高さは31メートルもある。鎌倉大仏が13メートルだから鎌倉の2倍以上だ。
 鎌倉や東大寺と違い、岩山を彫って造られている。だから高さ日本一でも凄いと思うことはなかった。

 1年前、東北を旅したときに福島県相馬市付近で日本一の大仏を観たはずだ。やはり岩山を彫って造るタイプだ。どっちが日本一なのだろうか。福島の大仏はまだ未完成だったからここの大仏が日本一でいいのだろうか。
 いや待て。2年前の坂東三十三観音編で寄った牛久大仏のほうが高くないだろうか。よくわからなくなってきた。帰ったらネットで調べてみよう。

 さらに山頂まで登ると、断崖絶壁を見下ろす『地獄のぞき』がある。2か所あって、絶壁度が勝るほうに20人以上の列ができている。人気のないほうから覗きこんで下山した。

 少し下ったところに岩山を彫って造った百尺観音がある。こちらは大谷観音を想起させるものだった。

 駐車場に戻ってきた。さてこれからどうしよう。20キロ先に33番札所がある。今16時30分だからお寺が閉まる17時には到底間に合わない。
 大仏を見なければ間に合ったのにと思ってしまうが、寄らなければそれはそれで後悔するだろう。
 宿探しをしながら33番札所近くまで行ってみよう。

 道すがら道の駅と民宿がたくさんある岩井地区の観光案内所へ寄ったが宿は見つからなかった。明日は岩井地区で2つのイベントがあるのでどこも満室だそうだ。

 とうとう33番札所の那古観音の町に来てしまった。ここで見つからなければ電車で移動するしかないな。
 那古観音の最寄り駅、那古船形駅が近づいたころ、すぐ左手の切り立った岩山の中腹に貼りついたようなお堂が見えた。興味をそそられたが寄り道している時間はない。

 18時過ぎに那古船形駅に着いた。広告看板の民宿に電話したがやはり満室。ネットで10キロ周辺を調べたが空いている宿はなかった。電車を使おう。
 時刻表を見て上り方面の駅をチェックする。名の通った駅は君津と木更津だ。どちらも1時間ぐらい。許せる範囲だ。
 木更津のホテルに電話したら空いていた。素泊まりで8,000円、ちょっと高いが仕方ない。ここに決定だ。

 電車の時間を調べると18時20分。今、18時16分。これを逃すと18時58分になってしまう。
 慌てて自転車を駐輪場に運び、荷下ろしして、改札に戻ってきた。19分だ。間に合った。がトイレに行きたい。
 駅員さんに「電車にトイレついてますか?」と訊いた。
「ついているけどトイレそこだからまだ間に合うよ」と駅員さんは改札を入って右手10メートルぐらい先のトイレを指差した。
 あと1分しかないんだから無理でしょう。と思ったが、駅員さんが言うのだから電車が遅れているのかもしれない。荷物を置いてトイレへ走った。
 駅員さんは「大きいほうじゃなきゃ間に合うよ」と付け加えた。

 用を足してトイレをでると駅員さんが呼びに走って来ている。「電車来ますよ」と教えてくれた。
 そして「ホームは階段を昇って向こうだから」と言う。
 1分でも間に合うというぐらいだから、改札を入った正面が木更津行きのホームかと思っていた。『向こうかよ』と心の中で呟きながら重たい脚にムチ打って、階段を掛け上がった。
 昇りきる前に電車が入って来た。『マジかよ、これで乗り遅れたらどうすんだよ。』
 乗客が降り始めた。私が階段を降り始めるころ、下車する乗客は降りきったようだった。
 そのとき放送がかかった。「車掌さん、お客様が階段を昇っております。少しお待ちください。」
 この放送にはビックリした。私のトイレのために電車を待たせるなんて。ローカル線恐るべしだ。

 途中、どこの駅だったろうか。ドアが開くとカエルの鳴き声が聴こえてきた。辺りは真っ暗で見えないけど田んぼが広がっているに違いない。
「出発まで暫くお待ちください」のアナウンスがあり、暫くカエルの鳴き声に耳を傾けていた。

4月29日(土) 那古船形(木更津)

 本日の走行距離 86.2Km
 本日の登坂累計
 本日の消費カロリー 3562Kcal

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