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2016年4月

体力勝負の一人旅 No.339【東北沿岸部を行く】

【2日目・2016年4月28日(2/2)】

 仙台空港で道がわからなくなり、タクシーの運転手に塩竈へ行く道を教えてもらった
。そのとおりに行ったはずだが、途中で通行止めになり迂回路に回されてしまった。
 あちこちで工事をしているのでタクシーの運転手は最新情報を逐次仕入れなければな
らない。大変なことだ。

 仙台空港を過ぎてからだろうか交通量がさらに増してきた。通れる道が限られるから
集中するのだろう。
 路肩がそれほど広くない片側1車線の県道だ。それなのにダンプカーやトラックなど
の大型車が多い。さらに前方や横から強風が吹いているため、大型車の対向車とすれ違
うと左に振られたあと右に振られる。こんな経験はトンネル内でしかなかった。
 右に振られるのは本当に怖い。ひっきりなしに私を抜いていく車があるからだ。後方
の大型車からその様子が見えているのだろう。私を抜けずにときどき渋滞が発生した。
 強引に抜きにかかられても困るので、ところどころで止まって道を譲った。たまたま
止まったところで左を向くと麦畑があった。ずっと農地復興工事中エリアだと思ってい
たがいつの間にか麦が育つ場所になっていた。
 辺りを見る余裕がないくらい路面と前後の車両に意識が集中していたようだ。そのく
らい危険な走行が続いている。
 東北観光することが復興の応援になると報道されているが、私のような旅ではかえっ
て迷惑のようだ。

 仙台港付近からだろうか片側2車線になり少し気が楽になった。風が弱まったのか、
追い抜く車が追い風を作っているのか、少し速く走れるようになった。
 しかし気の緩みは禁物だ。道の左側に大きな水溜まりがあったり、路肩が急に狭くな
ったり、陥没やそれを補修したためにガタガタ路面になっていたりする。早めに察知し
て進路を少し右に変えなければならない。障害物レースのようだ。

 また路肩が狭くなる地点だ。さらに車道の左側が水没している。避けるために右によ
ろう。
 しかし後ろから大型車が来ているので大きく水没を避けることができなかった。水没
をギリギリ回避して通過できると思った。
 が、水没の先に見えたのは線路だ。それも直角に交差しているのではなく斜めに交差
している。危ない。
 直角に交差するためには右に進まなければならないが大型車はすぐ後ろだ。
 そして線路に乗った瞬間、右側に転倒した。体を地面にぶつけながらヤバいと思った
。大型車が私の頭を踏むのか、と脳裏をよぎった。
 幸い、踏まずに通過していった。顔は歩道側を向いていたので大型車がどのくらいの
間隔で通過したのかわからない。しかし危なかった。九死に一生を得た気がした。

 体は痛むものの歩ける。自転車はどうだろう。まっすぐ進まないのと前輪のブレーキ
があたっている。
 まっすぐ進まないのはハンドルがねじれただけなので修復できた。ブレーキはバネの
戻りが弱いのが原因だった。応急処置をしたがもしかしたら転倒前から若干当たってい
たかもしれない。

 宿まであと4キロぐらいだろう。右ひじと右膝に痛みはあるが大丈夫そうだ。
 時間がたつにつれ痛みが増してきた。自転車はそれほど痛みなく漕げるが、歩くのは
ちょっと痛む。

 雨はやむことがないまま16時20分ごろ宿に着いた。念のため病院に行くことにする。
 そのころになると右足首が一番痛んでいた。甲が腫れている。診断はひじと膝は打撲
と擦過傷のみ、足首は打撲だけどもあざが出てくるようだとレントゲンに写らない程度
のヒビ。
 看護婦さんは「この状態で久慈まで行くんですか?」という。すかさず先生が「こう
いう人は止めたって行くんだよ」と答えた。
 これで旅は続けられる。安全第一で判断していこう。

4月28日(木) 塩竈
 本日の走行距離 84.38Km
 本日の登坂累計 1264m

体力勝負の一人旅 No.338【東北沿岸部を行く】


【2日目・2016年4月28日(1/2)】

 朝から本降りだ。昨日のうちにわかっていた。だから昨夜のうちに塩竈の宿を予約し
ておいた。ホテルの名前に記憶はないが建物の写真とオゾン消臭希望者は依頼可能との
文言から2005年に泊まったホテルのような気がした。それを確認するのも楽しみだ。

 冷たい雨の中、9時20分に出発する。今日の予定はまず松川浦へ行き、道が繋がって
いる限り海沿いの県道38号線を北上し、津波被害が大きかった仙台空港周辺と閖上、荒
浜を通り塩竈まで行く。約80キロと短いが安全めに余裕のある設定にした。

 3キロほどで松川浦に面した通りに出た。海沿いに建つ家は新しい家ばかり。津波に
流されて建て替えたのか、新しい家だけが津波に耐えて残ったのか。話を伺いたくても
この雨では歩いている人がいない。
 右前方の頭上に見えてきたのが、津波被害で通行止めになっている松川浦大橋だ。大
橋を渡れば松川浦を外洋から守るように砂州で繋がった陸地に行ける。しかし津波で砂
州が分断されてしまった。

 民宿が並ぶ地域に入ると洗濯機を回しているおばちゃんがいた。
 「津波の被害はどうだったんですか?」と訊くと、
 「この辺はみんな来たよ。うちのところは1階の天井まで来たよ。」と話してくれた

 海沿いを北上する県道38号線を進んだ。相馬港付近は復興工事中でダンプカーが走り
、路肩は泥や砂利の部分が多かった。
 それだけでも悪条件なのにちょっと強めの北風が吹いている。北上する私にとって一
日を通して向かい風になる。
 ときどき右折、左折、左折、右折のような迂回路があり、道が続いているのか不安に
なりながら進んだ。
 そしてついに行き止まりだ。内陸に入っていったん国道6号線に戻り、数キロ走った
あと県道38号線が復活する辺りをめがけて再び海側へ進路をとった。

 県道38号線を走っていると、『側溝の蓋がなくなっているものがあります』という表
示が何ヵ所かあった。盗む人がいるのだろうか。

 延々と復興工事エリアが続いている。道路だけでなく農地の復興工事もいたるところ
でやっている。こんな冷たい雨の日でも時間を無駄にできない、とばかりに多くのショ
ベルカーが稼働していた。

 今、どの辺りを走っているのだろうか。行き止まりになったので国道6号線へ向かっ
ているつもりだが国道らしきものが見えてこない。地図を見たくても屋根はおろか建物
がないので雨をしのぐ場所がない。
 自転車に取り付けたGPS付の地図は防水機能が弱いので透明のビニールでくるんであ
る。ビニールに水滴が付くと細かい情報は読み取れない。ただ、海に平行している道を
進んでいることがわかった。国道に通じていないけど結果的にこれで良かった。

 しばらく進むと道は若干内陸の方へ入っていった。そして右側にコンビニが見えた。
やっと休める、待望のコンビニだ。宿を出て2時間後だった。
 カッパを着ていてもびっちょりだ。北風が体を冷やし、じっとしていると寒くて堪ら
ない。幸いにもここのコンビニはイートインエリアがあった。ここで腹ごしらえとルー
トの確認ができる。
 びっちょりなのは体だけではなかった。リアに付けたサイドバッグが浸水して、地図
の一部がびっちょりだ。
 そんな地図をめくって現在地は浜吉田駅付近、もう少しで阿武隈川だとわかった。

 阿武隈川から仙台空港の間で立ち寄りたい津波避難場所が2ヵ所あったが、途中で地
図は見られないし、当然案内標識などないので探すのに苦労した。
 1ヵ所目は『千年希望の丘』。それらしき場所に行ってみたけど見つからなかった。
と思っていたが、宿に着いてから確認したらちゃんと行っていた。ただそこが千年希望
の丘だと気づかなかった。
 2ヵ所目は『希望の丘』。ここは曲がる場所がわからず通りすぎたと思っていたら、
その先に案内標識があり行くことができた。
 円錐形の丘がいくつかあった。東日本大震災の教訓から静岡でもこのような丘を作っ
たと聞いたことがある。こんな雨の日に行くともう少し大きな屋根が欲しいと思った。

つづく

体力勝負の一人旅 No.337【東北沿岸部を行く】

【1日目・2016年4月27日】

 新幹線で9時40分ごろ福島駅に到着した。自由席なのでホームの端のほうに降り、ビ
デオ撮影を済ませてから階段のある中央付近へ向かった。
 中央付近では駅職員20名程が3つのグループにわかれ線路側を向いて並んでいる。何
をやっているのかと思いながら近づくと『ようこそ!ふくしまへ』などと書かれた横断
幕を持ってお出迎えをしていた。
 すでに他の乗客がホームに残っていなかったこともあり、次の新幹線が来るまでちょ
っとした息抜きタイムのようだ。雑談しながら顔をニコニコさせ楽しそうだ。

 いつものように自転車を受け取りにヤマト運輸へ向かった。晴れているが暑くなくち
ょっと風があって気持ちよい。最高のコンディションだ。少し遠回りしてしまったもの
の徒歩20分弱で到着した。

 今回は最長11日間になる。重たい輪行袋などは今後通りそうなヤマト運輸の営業所に
送る計画だ。
 さっきまであまちゃんロケ地の久慈へ送るつもりでいたが、久慈まで600キロなので
もう少し行けそうだ。久慈から50キロ先で新幹線が止まる八戸へ送ることにした。
 今回は道がどうなっているかわからないし、三陸はアップダウンの連続だし、宿の心
配もある。距離だけで判断するは危険だ。しかしもう手配完了だ。何としても行かなけ
ればならなくなった。

 自転車の組み立てに手間取り、配送手配などをしているうちにもうお昼だ。近くのコ
ンビニで昼食を食べ、出発できたのは12時20分と遅くなってしまった。

 今日の予定は、東へ進み相馬に出る。相馬の百尺観音を拝観し、逆行するが南下して
奇跡の一本松がある南相馬に行き、また相馬に戻って風光明媚な松川浦で宿泊。約85キ
ロだ。
 きついけど50キロ先の相馬まで行っておかないと宿はないだろう。初日からがんばら
なければいけなくなった。

 国道115号で東へ進む。阿武隈川を渡って市街地を離れるとすぐに緩やかな登りが始
まった。やがて山中に入っていく。山中と言っても道はわりと直線的で、左右の山はな
だらかな斜面で視界が開け圧迫感がない。だから大した坂に見えないがサイクルコンピ
ューターは斜度9%を表示していた。

 山中を10キロ以上進んだだろうか。徐々に天候が悪くなりついには完全に雲に覆われ
てしまった。いつの間にか道は蛇行を始め山道らしくなっていた。
 そんなに高い山はないだろうと思っていたがやけに高い山が前方に見えてきた。山頂
まで行かないにしろ近くを通りそうだ。
 道は蛇行しているがきつい坂ではない。それより寒さが気になった。体は自分が発す
る熱量で問題ないが手はかじかんでしまい冬用手袋が欲しいほどだ。
 それに向かい風が体力を奪っていく。山に挟まれた川沿いの道なので風の通り道にな
っているようだ。斜度のわりに体力を使わされている。

 霊山登山道入口を通過した。さっき見えた山は標高825mの霊山だったのだろう。登山
道入口辺りから下りになると思っていたがまだまだ登って行く。
 下り始めたらウィンドブレーカーを着ようと思っているのに緩い登りと平坦を繰り返
し、峠の見極めが難しい。ついには標高500mを超えた。福島駅が60mだったから450mぐ
らい登ったことになる。ちょうど気温表示盤がありなんと7度だった、寒いわけだ。

 ようやく下り始めたがほとんどブレーキがいらない緩い下りだ。登った分を無駄にし
ないから歓迎だ。
 出遅れを取り返すために約50キロ、3時間弱ノンストップできた。相馬まであと3キロ
ぐらいだ。
 今、15時30分。計画ではあと35キロ。しかし相当疲れている。雲行きも怪しい。
 かといって明日は雨予報なので南相馬行きを先送りすると、わざわざ逆方向に行って
まで奇跡の一本松を見なくてもいいんじゃないかと弱い自分が出てきそうだ。
 百尺観音でどれくらい拝観時間が必要なのかわからないので、とりあえず4、5キロ先
の百尺観音へ行ってから決めることにした。

 百尺観音は岩山を削って造られている巨大な観音だ。昭和5年から着手しているがま
だ未完成で、完成すれば高さ118尺の日本一の巨大仏像彫刻の誕生だ。今は台座の部分
が未完成で88尺だ。
 東日本大震災の影響で左手の下が一部崩落していた。こんな状態だと完成はまだまだ
先の気がした。

 拝観が終われば宿予約だ。松川浦の宿へ電話するが満室だった。満室の宿ばかりの気
配を感じたので観光案内所に電話した。
 やはり松川浦はどこもいっぱいだそうだ。相馬駅周辺の空いていそうなところを2軒
教えてもらい、お勧めされたちょっとお値段が高い1軒目に電話して予約できた。
 そして今、16時45分。まだ時間はある。これは行くしかないな。南へ向かって自転車
を走らせた。

 途中かすかに雨が降ってきたが路面を濡らすことはなかった。鹿島駅付近から海方向
へ進んで行くと津波被害を受けた場所が見えてきた。田畑だったのだろう。今はただ区
画された広い土地があるだけだ。
 それでも海沿いの道はかなり交通量があった。そこまで行くとずっと先に細い木が一
本だけ立っているのが見えた。すぐに奇跡の一本松だとわかった。

 一本松と言えば陸前高田と思っていたが地図を見ていたら鹿島にもあることを知った
。比較するわけではないが知った以上見ておきたくなったのだ。
 一本松の近くにある止まれの標識ポールが下の方で折れ曲がっている。津波の痕跡だ
ろう。
 一本松をじーっと眺める。聴こえるのは波の音と上空を飛んでいる小鳥のさえずりだ
けだ。

 薄暗くなる中、相馬のホテルへ向かった。

4月27日(水) 相馬
 本日の走行距離 88.06Km
 本日の登坂累計 781m

下記URLに写真をアップしました。
http://yahoo.jp/box/t0U1hV
一部のガラケーからは見ることができません。申し訳ありません。

体力勝負の一人旅 No.336【東北沿岸部を行く】

 ごぶさたしております。
 今年のゴールデンウィークは日並びが良く皆さんも旅に出る人が多いのではないでし
ょうか。私は27日から12連休です。
 と浮かれすぎてはいけない事態が熊本・大分で起きています。被害に遭われている皆
さまへお見舞い申し上げます。

 さて、1年前に始めた板東三十三観音編はまだ完結しておりませんが、ちょっと中断
して今回選んだ場所は東北沿岸部です。
 福島駅をスタート地点にし、津波被害に遭った沿岸部を訪れます。

 相馬〜松島は私が自転車旅行を始めて間もない1996年に訪れた地です。2005年には「
めざせ本州最東端編」で二本松から宮古へ行きました。

 ここ1、2年は復興の報道が減っています。今どんな状況なのか自分の目と足で確かめ
たくなりました。
 沿岸部を北上しながら岩手県の久慈まで行って「あまちゃん」のロケ地巡りをする。
これが最低目標ですが、先を急がず心に残る旅を心がけようと思います。

 いつも以上に不安な旅にお付き合いください。

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