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四国自転車遍路旅パート2

体力勝負の一人旅 No.162【四国自転車遍路旅パート2】


【26日目・2009年5月8日】

 今日は自転車を分解して撤収する日になってしまった。

 雨でなければ走る予定だったが昨夜の天気予報どおり雨が降っていた。
 それでも未練があり、朝も天気予報を確認した。雨の確率90%、昨日と同じで大雨注意報もでている。昨日の怖さと寒さを思うと後ろ向きになってしまった。一度そう思うと、撤収する理由が次から次へと出てきてしまう。後輪ブレーキが効かなくなった、ギアが勝手にシフトダウンしてしまう、少し風邪っぽい、などなど。
 がんばれば夜遅く小田原に着いたかもしれないのに、そういう前向きな発想は浮かばなかった。

 10時ごろホテルを出て浜松駅へ向かった。青空が見えるが小雨が降っている。これから大雨になるのなら判断に間違えはなかった。

 しかし、思うようにならないのが私の旅。
 小田原へ向かう新幹線からときどき外を見たが大雨の気配はない。路面が濡れているところはあったが、大雨どころか雨さえ降っていない。
 結局、雨に遭遇したのは新富士駅周辺のみ。それも大した雨ではなかった。

 家に着いたあと、夕方になってから少しだけ雨が降った。ただこれならば旅を続けられたのではないかと思ってしまう。しだいに後悔し始めた。

 やり残した感じがする中で四国自転車遍路旅パート2が終わった。

おわり

5月8日(金) 浜松 本日は移動日
今回の総走行距離 649.8Km

体力勝負の一人旅 No.161【四国自転車遍路旅パート2】


【25日目・2009年5月7日】

 昨日ホテルのチェックイン時に、フロントの方から「明日は天気回復するそうですから」と言われて一安心していた。しかし夜の天気予報ではどうやら雨らしかった。
 朝になり、やはり雨は降っていた。しかも大雨注意報がでている。明日も雨予報だ。旅の終わり方を考えなければいけないな。

 宿を9時5分に出発する。昨日より寒くなりそうなので、昨日は自転車用の短パンだったが、その上からレインコートのズボンを履いた。汗でレインコートの中はびちょびちょになってしまうので、レインコートといっても防寒対策にしかならない。

 徐々に天候が回復し、わずかに雨が残るものの太陽が顔を出してきた。レインコートの中は汗でびっちょり、暑いな。小雨のときに休憩しておこうと思い、近くまで来ているはずの熱田神宮を目指した。

 国道1号線は全ルートを自転車で通れるわけではない。歩行者・リヤカー・自転車の通行禁止区間がある。そこに来てしまった。
 聞けば、目の前の橋だけが自転車通行禁止だという。バイパスのようなところは仕方ないとしても、橋1本だけが通行禁止になっているなんて・・・。それならば迂回路の案内板ぐらい設けて欲しいものだ。

 目的の熱田神宮をいつの間にか過ぎてしまったようだ。地図を出さずとも案内標識の誘導で行けると思っていたが、標識を見つけられなかった。
 代わりにコンビニで早めの昼食をとりながら休憩することにした。入口に名古屋ちかま通店と書かれている。いったいどの辺りなのだろうか。
 あえて地図を見なかった。それは名古屋を過ぎると地図なしで進むことになるので、今のうちから慣れておこうと思ったからだ。
 今、雨は上がっている。まだ10時40分だが、多めに食べておこう。

 有松、知立を通過。東海道五十三次歩き旅で記憶に残った地名だ。当時を思い出しながら、また岩本さんの街道てくてく旅を思い出しながらの走行になった。やんでいた雨がまた降り出していた。

 岡崎城を通るころには大雨になってきた。名古屋近辺での青空が信じられないくらいで、もうやむ気配はなかった。そして寒くなってきた。
 追い風なのか、雨で路面抵抗が少ないからなのかペースは良好。ただトラックの多さに神経を使うので、ときどき国道1号線をはずれて旧東海道を走ったりした。

 大雨は続き、トラックの巻き上げた水しぶきで視界が悪くなる。それでも耐えて走っていたが、この視界では後ろの車が私を見落とすのではないかと急に危険を感じ、走りにくい歩道に移った。
 すぐに車が混雑し始め、歩道を進む私のほうが車を追い抜いていく。その先ではこの大雨の中、7~8人の人だかり。近づくと事故現場だった。まだそれほど時間は経っていないようだ。
 中型トラックに後ろから大型トラックが追突したようで、大型トラックの運転手は足を挟まれ出られない。中型トラックは路肩のくいをなぎ倒し、歩道に接触して止まっている。
 怖くなった私はそこから旧東海道に入った。

 地図なしでわき道を進むのはかなり厳しかった。道を尋ねようにもこの大雨では人がいない。道に迷いながらも豊橋まで来た。もっとも地図を持っていても開ける状況ではなかった。

 休んでも体が冷えるだけなのでトイレ以外は止まらずに来た。食事のため豊橋のマクドナルドに入ったときにはすでに14時28分になっていた。なんと60Kmも走り続けてしまった。
 国道1号線沿いのマクドナルドなのにお客さんは私以外に女性が1人座っているだけ。30分ここにいたが、その間お客さんは2人しか来なかった。大雨とはいえ、平日のこの時間帯はこんなものなのだろうか。

 その後も雨の勢いは衰えず水溜りの中を走っている状態。左の山頂に岩屋観音が見えるはずたが視界が悪く見えない。右側には風力発電を作っている「神鋼なんとか」の工場があったはずだが社名が変わっていた。設置してある風車がくるくる回っている。この辺りから登り坂が続くが、追い風なのか楽に登っていく。

 一里塚を過ぎると国道1号線は自転車通行禁止になる。この先はバイパスだ。旧東海道の白須賀宿へ向かった。
 白須賀宿にある潮見坂という激坂を下る。後輪は目いっぱいブレーキをかけ続け、前輪ブレーキでスピード調整して下っていった。
 突然、後輪ブレーキからシュッと音がして抜けるような感覚になった。後輪ブレーキがほとんど効かない状態になってしまった。スピードを落として安全に走れということだろう。

 16時台だというのに車がライトを点灯するほど暗くなってきた。体力的には磐田まで行けそうだが、ブレーキの不安もあるし寒いので、磐田より10Kmほど手前の浜松で泊まることに決めた。
 本当は今日・明日がんばれば小田原まで行けてしまうのではないかと、かすかに期待していた。少しでも先へ行きたかったが守りに入ってしまった。

 17時25分、浜松駅に到着。駅前では携帯電話で写真撮影している人が2人いた。携帯電話が向けられた先は雨に煙るビルだった。あとで調べたら45階建てのアクトタワー。浜松のシンボル的存在だ。

 とても寒いので大浴場のあるホテルを予約した。ホテルで落ち着いたあと走行距離を計算したら130Kmも走っていた。

5月7日(木) 浜松 本日の走行距離 130.9Km

体力勝負の一人旅 No.160【四国自転車遍路旅パート2】


【24日目・2009年5月6日】

 旅の目的は達成した。しかしまだ3日休みがある。どこへ行こう。巡礼ついでに比叡山まで行ってしまおうかと思ったが、高野山と同じ旅で行ってしまうのはどうかとも思った。また今日まで雨らしいので比叡山を歩いて登る気はしない。
 自宅方面へ進むとして、中仙道か東海道がいいだろう。関西版の地図しか持ち合わせていないので、歩いたことのある東海道のほうが安心だ。それに自転車で鈴鹿峠越えをしたことがないので挑戦してみたい。歩いたのは旧東海道だが、国道1号線を走っていればそれほど道に迷うことはないだろう。

 昨日つらかったスクワットも今日はいつもの状態に戻っていた。40歳を過ぎても意外と回復するものだなと自分に感心した。

 一日中雨の予報だったが不思議と京都は日がさしていた。せっかく京都にいるのだし、観光名所を軽く周ってから滋賀へ行くことにする。
 西本願寺横を通り、三条大橋で記念撮影をしていると雨がぱらついてきた。八坂神社の横を通って国道1号線に乗る。

 滋賀との県境へ向かう途中に珍しいジュースの自動販売機を発見。それはガソリンスタンド前に数台設置してあった。メジャーな銘柄の缶コーヒーに並んで「?」マークのついた紙で覆われた缶が並んでいる。値段は50円のものと60円のもの。安全安心が騒がれている中、果たして売れているのだろうか。

 小雨まじりではあるが追い風に乗って快調に走る。多少なりとも地理がわかることといつでも食べ物を入手できる安心感から、通常より長めの1時間30分走って最初の休憩をとった。草津宿の少し手前あたりだろう。
 次は土山宿に道の駅があるのでそこまで行こう。

 相変わらず追い風が吹いてくれるので快調だが寒い。
 水口の城下町に入ったところで雨足が強くなりウィンドブレーカーの上からかっぱを着用した。城下町を抜けるころには本降りになってしまった。

 川沿いを黙々と走っているうちに自転車で鈴鹿峠越えしたことを思い出した。3年前の夏だったろうか、鳥羽から琵琶湖に行くときだった。年齢を感じるのは体力より頭のほうが先みたいだ。

 自転車を止めると寒くてたまらないが予定どおり道の駅「あいの土山」で休憩する。
 館内に鈴鹿馬子唄の紹介があった。
「坂は照る照る 鈴鹿は曇る あいの土山 雨が降る」
 まさにこのとおりで、確か東海道五十三次挑戦中に通ったときも雨だった。
 道の駅から標高を30mぐらい登るとなぜか雨がやんでしまった。坂は照る照るとはこのことだろうか。

 滋賀県側から登る峠は案外楽だった。下りに入っても雨は降っていないが路面が濡れているので慎重に下っていく。
 関宿についたところで一休みしているとまた雨が降ってきた。のんびりできずすぐに出発した。

 亀山に来たので亀山城を眺めていこう。丸亀城を見たとき亀山城に似ていると思ったので再確認したかったのだ。
 ところが行ってみると記憶していたよりも城壁は小さいものだった。丸亀城のほうが規模がはるかに大きく、丸亀城に失礼だった。

 ついでに宿場町を走った。3年前に自転車をヤマト便で送るときにお世話になったクリーニング店はこの辺だったろうか。しかし見当たらない。
 うろうろして探したところ、その場所には新しい家が建っていた。当時、手を洗うためにお邪魔して見た見事な中庭が、通りから見えるようになっていたのでここだと確信した。当時は通りから見えなかったあの中庭が見えるようになったのはうれしい。しかしお世話になったところが廃業してしまうのはなんだか寂しい。

 四日市で宿泊予定だったが、亀山を出た後も追い風で快調に進み桑名に到着。この先は名古屋まで大きな街がないと思うので、名物はまぐりのある桑名で終了にする。いつの間にか雨は小降りになっていた。

5月6日(水) 桑名 本日の走行距離 124.1Km

体力勝負の一人旅 No.159【四国自転車遍路旅パート2】

【23日目・2009年5月5日】

 目が覚めたら雨が降っていた。昨日宿に着いてからかすかに雨を感じたが、本格的な雨は今回の旅で初めてだ。
 毎朝スロー筋トレをしてから出発している。脂肪を燃やすためだ。スクワットと腹筋をしているが今日のスクワットはつらかった。昨日の疲労が明らかに溜まっている。

 かっぱなどの準備をしたが、出発の9時38分には雨が上がっていた。しかし、出発して10分もたたないうちに小雨が降ってきた。ウィンドブレーカーだけでしのげる雨量だ。
 国道170号線を北上し、藤井寺付近から奈良方面に向かった。
 通りかかった道明寺駅の観光案内板を見ると、この辺りは古墳だらけ。私の中では古墳といえば奈良だったので新鮮な情報だった。機会があればじっくり観光してみたい。

 国道25号線に入った。雨は強まったり弱まったりを繰り返している。
 大阪から奈良に行くにはどのルートも山越えが必要だと思っていたが、このルートは川沿いを通り目立った坂はない。
 車が混み始めたと思ったらそろそろ法隆寺。ここは通過し、国道24号線を北上する。このまま北上して京都か滋賀まで行くつもりだ。

 国道24号線は交通量が多くて走りづらい。それにこの道では奈良に来た実感がわかない。観光名所を通らないからだ。少し別の道を走りたくなった。
 立体交差のための登り坂がでてきたので、登らずに左へそれて平城宮跡へ向かった。
 雨が上がっていたので朱雀門(すざくもん)のビデオ撮影を始めたがすぐに降ってきてしまった。休むと雨量が多くなる気がする。雨雲が北上しているのだろう。

 近鉄京都線に沿って北上していく。この先に全長356mの木造の橋があるというので見に行くことにした。木造の橋といえば、東海道を歩いたときに見た静岡の蓬莱橋(ほうらいばし)を思い出す。どっちのほうが大きいのだろうか。
 実際にそこへ着いてびっくり。通称「ながれ橋」というが、大雨などで水位が上がれば橋けたが流れる構造だそうだ。
 昭和28年3月に架設されて以来、15回も流出しているというから驚きだ。昔のできごとではなく、最近でも平成9年に流出している。
 全長356m、幅員3.3mは日本で最も長い木造橋と書かれている。私は蓬莱橋が日本一だと思っていた。

 実際に自転車で渡ってみた。自転車に乗って渡るのは禁止なので押して渡った。幅はわずかにながれ橋の方が広いかもしれない。長さはよくわからないが蓬莱橋のほうが長い気がした。
 蓬莱橋と違うことがいくつかある。欄干がない。無料である。無料というか観光用ではなく完全に生活用だ。
 向うから自転車の前かごに野菜を入れたおばさんが渡ってきた。乗るのは禁止なのに平然とこいでいる。地元の人からすれば特別な橋ではないのだろう。

 伏見の地名が見えたころ雨脚が強くなってきた。そろそろかっぱを着よう。
 東寺に着いてから今晩の宿泊地を決めるつもりだったが、昨日のことがあるので自転車を止めたついでに宿探しに入った。まだ15時17分だった。
 京都だから厳しいと思っていたが意外にもすぐ見つかった。
 この旅からモバイルツールを変更している。今まではウィルコムのPHSカード+ZAURUSだった。今回はイーモバイルのWindows携帯だ。
 これ1台でインターネットができるのでネット予約を試みた。初挑戦なので多少手間取り20分ぐらいかかってしまった。

 京都に来た目的は東寺。確か83番の一宮寺だったと思う。そこにお大師様ゆかりの東寺にお参りしてくださいとの案内があったからだ。
 16時10分、東寺に到着。東寺でまず目を引くのは五重塔だが、お大師様が生活していたという西院(にしのいん)を参拝する。
 小さなお大師様の像があった。その像の前でお経を読む。その方角は南、つまりお大師様がいる高野山の方角になっている。
 雨が降り続く中、四国遍路の巡礼旅が終わった。

5月5日(火) 京都 本日の走行距離 85.7Km

体力勝負の一人旅 No.158【四国自転車遍路旅パート2】

【22日目・2009年5月4日】

 今日は高野山を目指す。昨日フェリーに乗る前に関西の地図を購入するつもりだったができず、ホテルの道路地図を借りてルートを練った。
 前回は国道370号線を通ったが、別ルートで行きたかったので国道424号線から国道24号線に入り高野口から登るルートにした。

 9時13分に宿を出発した。空全体が曇っている。予報ではくもりだが雨が降るかもしれないといっている。
 時間に余裕があるのでまずは和歌山城を見学。その次は桜100選の紀三井寺に立ち寄った。紀三井寺は多くの参拝者がいたがこのくらいで和歌山市内のホテルがいっぱいになることはないだろう。いったい集客の源はなんだったのだろうか。

 370号線と424号線の分かれ道に来た。当然424号線に行こうとしたが、ちょっと待った。案内標識では高野山は370号線になっている。
 ついさっき買ったばかりの地図を開き、先は長いから知っている道の方が安心と思い、案内標識に従うことにした。少し弱気になったようだ。

 高野山は標高900m弱だと思う。じわじわ登る道であって欲しいのだが、前半の30Kmぐらいはアップダウンを繰り返すだけで標高をあまり稼がない。およそ40Kmの山道だから体力温存で行こう。
 途中メロディーロードの案内があった。いったいなんだメロディーロードって。大きな案内板には走っている車の絵と音符マーク、その横には「見上げてごらん夜の星を・・・」と書いてある。
 道路が歌う?そんなばかな。よくわからないのでそのまま通り過ぎた。
 その先の路面には進行方向に向かって垂直に溝が何本も掘られている。減速を促すためによく下りコーナーにある路面だ。車が通ると確かに「ゴー」とか音を発生させるがこれがメロディーなるとは思えない。私は溝のない路肩を走った。
 すると後ろから「見上〜げてごらん〜夜の〜ほ〜しを〜」とメロディーがこちらに近づいてきた。もちろん後ろを振り返った。メロディーを奏でながら車が近づいてくる。車が流しているメロディーが聞こえているようにも思えた。しかしもう1台同じメロディーを奏でながらやってくる。道路が奏でているのだ。信じ難いが事実だ。
 それにしても四輪駆動のいかつい車がこのメロディーを奏でてやってくると、なんだか滑稽だ。車が去った後、私もやってみたが奏でなかった。

 やがて国道480号線と合流する。ここから10Kmで高野山。ここからが急坂だ。標高のピークまではたぶん8Km程、その間400m以上登る。
 ゆっくりゆっくり登って15時19分に大門に到着した。ここから高野山の寺々が続く。気温14.5度で休んでいると少し寒くなってきた。

 掛軸に最後の納経をしてもらうのは4Km程先にある奥の院。
 納経してもらった後、掛軸をしまう箱を購入し、ふたを持ってきてくださいと言われた。意味がわからず聞きかえすと、どうやらふたに何かを書いてくれるみたいだ。きょとんとしていると、表具屋さんを紹介しましょうかと言われた。
 商売色が強いように感じてしまった。今晩は高野山に泊ろうかと思っていたが早くここから立ち去りたくなった。

 橋本へ下る道は土砂崩れで通行止め。高野口へ下ることにした。高野口という駅があるのでそこなら参拝者が利用するような宿があるだろう。
 途中まで来た道を戻って標高差400mを一気に下る。高速で下れるかと思ったが渋滞していてそうはいかない。
 370号線に入り高野口方面に向かうと、渋滞は解消したがそれほど斜度はなく車に抜かれるばかり。

 途中に世界遺産の寺院があったがそろそろ18時になるので通過した。しかしここに世界遺産の寺院があるとは知らなかった。寺院の名称も聞き覚えがなかった。私が疎いだけだろうか。
 駅が近づくとお好み焼きの店が何軒かあった。今晩はお好み焼きにしよう。

 18時18分、小さな駅に着いた。駅前は寂れていた。駅に宿の情報がなく、タクシーの運転手に尋ねたら1軒だけあるという。駅付近には宿がなく少し離れている場所だ。電話してみたが満室。さらに遠い国民宿舎も満室。他の地へ移動するしかない。もう18時45分だ。

 8Km程離れた橋本にも宿がないらしいことは聞いていた。こうなったらビジネスホテル目当てで大阪に行くしかない。富田林まで行けばあるだろう。その手前の河内長野には地図に温泉マークがある。ここも可能性がある。河内長野までは20Km以上、しかも峠越え。アドレナリンが出てきた、行くしかない。

 きつい登りだったがそれ以上に困ったのは外灯がないことだ。車が来ないと真っ暗になる。
 交通量は少なくないが、まとめて10台ぐらい来るとしばらく来ない。この繰り返しだ。追突される恐怖を感じた。
 さらに1Km以上のトンネルがあった。幸いにも歩道があったので珍しく歩道を走行した。しかし歩道は荒れていて溝あり、段差あり、泥のような水たまりあり。そういうところでは歩くようなスピードになる。場合によっては自転車を押した。
 安全第一を考え、車道を走りたい気持ちを抑えていた。残り200mになったところで車の一団が通り過ぎるのを待ってから車道に降りた。あとは一目散で駆け抜けた。

 恐怖はまだ続く。下りが急なのだ。ゆっくり走れば追突の恐怖、スピードを出せば闇なので自爆の恐怖。車の一団にできるだけくっついて走った。
 車に離されると闇が待っている。前の車がコーナーに消えた瞬間に闇になる。時速50Km/h近くでだ。怖い。

 やがてベッドタウンの様相のエリアに入ってきた。公衆電話を見つけて駅近くと思われる宿に電話をする。1軒目で空きが見つかり拍子抜け。
 宿に着いてみると客は他にいなかった。もうすでに20時45分になっていた。
 よく走った一日だった。

5月4日(月) 河内長野 本日の走行距離 125.0Km

体力勝負の一人旅 No.157【四国自転車遍路旅パート2】

【21日目・2009年5月3日】

 今日が四国最終日。最後のお寺88番札所大窪寺に行って結願(けちがん)する予定だ。結願とは88か寺すべてを参拝し終えることだ。そのあと高野山へ向かうためフェリーで和歌山に渡る。

 9寺3分に宿を出発する。87番札所長尾寺までは7Km程、若干の登り傾向だがほぼ平坦でなんなく到着。残すは大窪寺のみになった。
 しかし気持ちがお遍路モードになってこない。お遍路モードを表現するのは難しいが、達成感だけではなく、他のお遍路さんとも気軽に話すような雰囲気や、人生について考えてみたり、何かに気づいたり、そういった他の旅行とは違った何かなのだ。
 旅を再開してたった3日目で結願するのでお遍路モードになれなかったのかもしれない。何日もお遍路旅を続けて結願するほうがよさそうだ。

 大窪寺までは約17Km。最後らしくやや難所だ。標高差400m以上で途中に峠がある。実際には500m近く登るかもしれない。
 朝は晴れていたが空全体が曇ってきた。気温24度で暑さを感じないで済む。ひざや足首に少し痛み発生。昨日の激坂の疲れが残っているのだろう。

 50分走って大師の水に到着。弘法大師ゆかりの湧き水だ。前回は真夏でこの水に助けられた。そのときは車で水を汲みに来る人がいるほどの人気だった。
 さっそく飲んでみようと思ったが傍らにかかっている水質検査書はよれよれ。検査日を見ると平成18年5月だった。通常どのくらいの頻度で検査するのか知らないが、ちょっと不安になってきた。
 一口飲むとうまい。結局300mlぐらい飲んでしまった。

 今走っている峠道の左側でバイパス工事をやっている。直線的な道ができそうだ。現場を通過するとすぐに道幅が狭くなる。そしてすぐ三本松峠。
 この峠はお遍路にまつわるいわれがあるそうで案内版が設置されていた。バイパスが開通するとそういった峠も忘れ去られてしまう。悲しい現実だ。修行する場の遍路道なのだから、峠を回避するのはどうかと思う。

 11時54分、大窪寺に到着。特別な感情は湧いてこない。
 最後のお寺らしく金剛杖の供養を受け付けている。そうかと思えば初めて納経をする参拝者がいて、どうすればよいか尋ねている姿もあった。

 結願を報告するために1番札所霊山寺(りょうぜんじ)に向かった。暫くは吉野川近くまで下っていく。そこから吉野川にほぼ平行して東に進む。

 大窪寺からそろそろ30Kmになろうとしている。前半の15Kmぐらいは下りだったとはいえ疲れてきた。向かい風なのも堪える。まだ着かないのだろうか。
 一度走っている安心感から霊山寺までの距離を調べなかった。もちろん止まって地図を見ればいいだけだが、もう着くだろうとの思いで走り続けている。
 35Kmを過ぎた。足に力が入らなくなってきたが霊山寺がゴールのつもりで力を振り絞った。
 聞き覚えがある地名「板野」が現れ、通り過ぎてしまったかと思い地図を確認すると、あと3Km。残りを全力で走りきり14寺46分に到着。

 前回も結願して霊山寺に戻ってきた。そこでこれから自転車遍路に出発する学生と話しているうちにもう1周したくなった。今回はそういうこともなく、私の四国遍路はこれで終わった。

 徳島から和歌山へ行くフェリーの時刻表を入手。次は16時35分。徳島まで15Kmぐらい、着いたのが14時台だったから充分間に合うだろう。
 少しのんきにパンを食べてエネルギー補充。気づけば15時20分になろうとしていた。
 慌てて出発したが道を間違わなければまだ余裕がある。コピーしておいた地図を片手に持ちながら走行した。

 分かれ道の都度立ちどまって地図を確認し、慎重に進んだ。そのかいあって間違えなかったが、時間の経過の割には進んでいない。
 かなり焦ってきた。フェリー出航の何分か前に着いていないといけないだろうからもう余裕はない。フェリー乗り場がゴールのつもりでまたもや全力疾走だ。
 港に近づけば近づくほど向かい風が強くなる。フェリー乗り場の案内標識が見えてきた。それに従い進んでいく。もう想定の15Kmは過ぎている。
 バイクが何台かかなりのスピードで私を抜いていく。もちろんフェリーに乗るためだ。私は本当に最後の力をふり絞ってゴール。時刻は16時20分。間に合った。メーターは走行距離19Kmを指していた。

 二輪、四輪が入り混じった列に並ぶ。私の前の二輪が満車だと断られている。まさか自転車もか。二輪のライダーがそれを受け入れられず抵抗している。それもそうだろう、次の便は19時なのだから。そうこうしているうちに出航時間が迫ってきた。時間切れは勘弁してほしい。
 私の番になった。
「自転車ですけど乗れますか」
「申し訳ありません、満車です」
「自転車もですか」
 私も抵抗してしまった。もちろんだめで、19時の便決定。力が抜けた。これからどうしよう。誰だフェリーが打撃を受けていると言ったのは。

 私の後ろに並んだ10台近くの車は次々とフェリーに乗り込んでいく。そして列がなくなった。係の人が「4輪は空きがあるんですけどね」
 打撃を受けているのは本当のようだ。

 取り残された20台の二輪車は次の便に乗るためのエリアに移動された。予約できず早いもの順なので二輪車を動かせられない。買い物にも食事にも出かけられず、その場で座り込む人が多かった。
 私は宿探しに取り掛かった。到着が21時を過ぎるので、ここで予約しないと大変だ。
 和歌山市の観光ガイドを入手してホテルリストを片っ端から電話した。リストの7割ほど電話したがことごとく満室だ。和歌山市はそれほどまでの観光地だったろうか。
 それでもなんとか空いているホテルが見つかった。最後の1部屋だった。ホテルの駐車場がいっぱいなので車ありのお客様はずっと断っていた。それで助かった。
 

5月3日(日) 和歌山 本日の走行距離 90.4Km

体力勝負の一人旅 No.156【四国自転車遍路旅パート2】

【20日目・2009年5月2日】

 今日も天気良好。9時5分に宿を出発し、来た道を戻って81番札所白峰寺へ向かった。かなり下っている。またこの道を戻ってくるので少しもったいない気はする。
 3分で白峰寺に到着。すぐあとから20歳代の外人自転車遍路がやってきた。日本語ペラペラの外人だ。
「今日で終わりますか」と聞かれたので、
「それは無理だよ。87番まで。」と答えた。
「私は終わります。」
「すっごいねー。」
 彼も私と同じで荷物を減らすために野宿はしない。それにしても荷物が少なすぎる、私の半分以下だ。確かにこの荷物なら山越えが楽かもしれない。
 しかし体格のよい彼は体重のハンデがある。70Kgはありそうだ。私も負けてはいられない、がんばるぞ。

 白峰寺は山門をくぐった正面が納経所。参拝に来た証をもらうところだ。本堂と大師堂はそこからさらに進み階段を登った上にある。ここで読経してから納経所に行くのがならわしになっている。
 外人さんより一足先に山門をくぐったが、読経して納経所に着くまでにすれ違わなかった。自転車のところに戻ってきたが彼は出発したあとだった。
 そうか、彼はお堂を参拝せず納経だけ、いやもしかしたら納経もしないかもしれない。それなら今日で終わるのもわかる気がする。

 次の82番札所根香寺(ねごろじ)までは160m登って一気に下る。時速50Km/hオーバーだ。前回来たとき、子供たちがこの坂をスケボーで下っていたのを思い出した。もう7年前の夏のことだ。

 10時16分、根香寺に到着。さっきの外人遍路が出発するところだった。
 根香寺からもまだ下りは続く。今度は59.8Km/hを記録。しかし下りきってから83番札所一宮寺まで四苦八苦。何回も道に迷い、地図を確認するうちにどんどん時間が過ぎていく。途中うどんを食べたこともあり到着は12時23分。想定より30分以上遅くなった。このペースだと87番まで行くのは厳しいかもしれない。

 84番札所屋島寺は標高284m。高松から台形をした屋島がよく見える。
 屋島寺まで車専用道路が通っているが当然自転車はだめ。登山道入口まで行って歩くことになる。登山道入口直前の登り坂はなんと斜度21%の激坂。ペダルが一番下にいった瞬間に自転車は止まり、惰性で進まない。7年前に本当にこの坂を登ったんだっけ?と思いながらも、7年前の自分に負けたくなくて必至にペダルを踏んだ。石段が現れる直前まで進みあとは歩きだ。歩くのも楽ではないがこの時間を利用してパンを食した。

 屋島寺は単なるお遍路の寺ではなく、屋島全体が観光地なので境内も賑わっていた。瀬戸大橋も高速代1,000円のみで渡れるらしくその影響もあるのだろう。
 そう言えば、1,000円効果でうどんを食べに来る人が増えたとか、逆にフェリー関係者が打撃を受けたとかいう話を耳にした。

 境内で屋島の案内図を見ると屋島寺まで登るケーブルカーが営業をやめているらしい。白峰寺付近の展望喫茶だかレストランの白峰パークセンターも営業停止していた。前回利用した施設なので残念に思っていた。お遍路人気が衰えたのだろうか。

 登山道入口に戻り、出発の準備をしていると50歳前後の男性が自転車を押して登ってきた。「ここまでですね」と声をかけると、「まだまだ行けます。荷がなければかついだまま半分ぐらいまで行けるよ。」と言う。
「八栗寺に行くの」と聞かれた。
「行きます」
「わき道を通れば八栗寺まで自転車で行けるよ」
 前回来たときはケーブルカー乗り場まで自転車で行き、そこから歩かざるを得なかった。
「ケーブルカーの横ですか?」
「そこではなくて、遠回りになるけど行きすぎてから登る車の道があるから。」
「わかりました。行ってみます。」
 彼は石段の横の排水用側溝を利用し、自転車を押して登っていった。ずっと押していく気なのだろう。

 わき道というだけに登り口を見つけるのに少し手間取った。登り口には八栗寺裏参道と書いてあった。
 85番札所八栗寺まではケーブルカーか車でこの道を行くのが主流のようだ。車がすれ違えない道幅なのに数分に1台は車が通る。
 標高差210m。昨日白峰寺を目指したときのようなつもりでいたが、とんでもない道を選択してしまったことにすぐわかった。ここにも斜度21%の標識があったのだ。屋島寺のときの短い距離ではない。もちろん緩くなるところはあるだろうが2Km弱続くのだ。車とすれ違ったり、抜かれるときも足を止められない。道路の端をよろけないように必死にこぐ。
 しかしだめだ。ウィリーしないよう腰を上げて前輪に加重をかけるこぎ方はもう限界。バッグを道端に放置して再スタート。再スタートを一発で決められないほどの坂だったが、軽くなったことと、重心が少し前へ移ったことでどうにか登ることができた。

 21%の下りはブレーキかけっぱなしだ。狭い上にカーブが多くところどころ路面が荒れている。集中して下っていると木を切っているチェーンソーの音だけが聞こえてきた。
 そのうち近くからも別のチェーンソーの音が聞こえてきた。走っているうちに音が大きくなってきた。あっ違うタイヤが何かに当たっている音だ。
 自転車を止めて後ろを見ると荷台に括り付けた掛軸が落ちかかっていた。掛軸入れがタイヤに当たっていた音だった。プラスチックが燃えたときの臭いがしてきた。途中で落下しなくてよかった。

 この激坂に時間を使ってしまったため、86番札所志度寺に着いたのは納経締め切り時間17時ぎりぎりの16時57分だった。
 

5月2日(土) 志度 本日の走行距離 60.3Km

体力勝負の一人旅 No.155【四国自転車遍路旅パート2】

【19日目・2009年5月1日】

 今回のお遍路再開の地は香川県丸亀市にある讃岐塩屋駅。神奈川の小田原駅を乗り継いできたがまたミスを犯した。瀬戸大橋を渡り、児島駅で乗り換えるのを忘れ坂出まで行ってしまった。
 土地勘がなく坂出が目的地の逆方面だと気づかなかった。昔は地図を見ながら乗り継ぎを調べたので少なからず地図イメージをインプットできたが、今やインターネットの時代、地図を見なくてもわかってしまう。それが災いした。いやいや、単に間抜けなだけか。

 讃岐塩屋駅から徒歩10分弱のところにあるヤマト運輸で自転車を受け取り組み立て開始。ヤマト運輸の目の前にうどん屋があったので、組み立て後うどんを食べて12時19分に出発した。

 77番札所道隆寺の前を通過して多度津駅に到着。前回ここで旅を終えているのでここからが本当の再スタートだ。晴れていて雨の心配はなし。暑くなく寒くもなくサイクリング日和だ。

 77番道隆寺に戻ってきたが閑散としている。ゴールデンウィークではあるがよく考えたら今日は平日だった。それなら宿探しは楽かもしれない。

 次のお寺に向かう途中、丸亀城に寄り道。天守閣よりも石垣の城壁が立派で美しい。遠くから見た姿は亀山城跡の石垣に似ている気がした。
 石垣の高さは22mで、上端は垂直に立ち、下端に向かって緩やかな曲線になっている。思わず横からシャッターを押したくなる。

 次の寄り道はゴールドタワー。7年前に見たときから気になっていたのっぽビル。オフィスビルかと思っていたが、行ってみたらただの展望台だった。もちろん有料。私なら丸亀城からの展望で充分だ。
 駐車場がやけに広いが満車になるのは年に何回あるのだろうか。

 78番札所郷照寺に行った後、道がわからなくなり坂出駅付近のうどん屋で少休止。うどんを食べながら地図を開くとのんびりしていられないことに気づいた。
 80番までは容易に行けそうだが、81番、82番は山越えだ。しかも82番までクリアーしないと街に下りてこない。宿のことを考えたらチャレンジして途中断念は許されない。
 今回はのんびり行こうとしたが、しっかり計画を立てないとだめだ。
 前回のデータを見て、今日は80番で終えることにした。

 79番札所高照院を打ち終え、80番札所国分寺に着いたのは16時10分。
 宿を求めて坂出駅付近まで戻るのも選択肢の一つだったが、納経所にかんぽの宿坂出のパンフレットが置いてあった。場所が81番付近なので好都合。電話をすると空室あり。助かった。

 81番札所白峰寺に向かう山道は斜度がほぼ一定で上り易い。夕日をバックにした瀬戸大橋が見え景色も抜群。
 かんぽの宿は白峰寺を通過してさらに登ること1Km弱で到着。18時を過ぎ、ますます赤くなった夕日をしばらく眺めていた。

 夕食のときレストランの明かりがすべて消え夜景鑑賞タイムになった。係のおじさんの夜景解説が始まった。ユーモアや時事ネタを折り混ぜ、思わぬサービスに宿泊客から拍手喝采。
 東京では豚インフルエンザでパニックになりそうとも言っていたので、早めに旅を切り上げたほうがいいかもしれないと思った。

5月1日(金) 坂出 本日の走行距離 43.0Km

体力勝負の一人旅 No.137【四国自転車遍路旅パート2】

【18日目・2008年5月7日】

 もう最終日になってしまった。この周辺は札所が密集して札所の近
くには駅もある。だからどこでやめても良いので気が楽である。
 宿のおかみさんに「ヤマト運輸の営業所を知ってますか」と尋ねた
ら76番の近くにあるという。しかも駅の近くだ。ここで終わると好都
合だ。
 これから74番に戻ると言ったら「荷物を置いていきな」と言われそ
うさせてもらった。

 74番甲山寺(こうやまじ)に8時28分到着。宿からたったの6分と近い。
6年前と少し違うと思ったら駐車場側に新しい山門ができていた。これ
で車から降りてすぐに境内に入れる。
 平日のこの時間だとお遍路さんはまばらだ。境内に座ってスケッチ
しているおばさんがいた。今日はのんびりスケッチできるだろう。

 75番善通寺を打ち、宿で荷物を受け取り金刀比羅宮へ向かう。おか
みさんに教えてもらった近道を使って約20分で到着。往復1時間50分か
けて一番上の奥社まで行ってきた。1368段だ。良いトレーニングにな
るぞ。

 地元の人からお勧めのうどん屋を2軒紹介してもらった。76番方面な
ので都合よい。15分ほど走って1軒目。なんと臨時休業の札。もう1軒
あるさと思ってさらに5分、まさかの臨時休業。まだ12時30分なので
76番ヘ向かった。
 その途中金蔵寺駅に寄った。お寺まで歩いて数分のところにある。
特急が停まらないのでここから帰れるか時刻表のチェックだ。しかし
予想外にも無人駅だった。これではクレジットカードで切符を買えな
い。
 駅にある地図でヤマト運輸を探すと、こちらも予想外でお寺の裏に
あった。とりあえず76番金倉寺(こんぞうじ)に行こう。

 甲山寺でスケッチしていたおばさんがここでもスケッチしていた。
納経所に行くと珍しく順番待ち。といっても大勢並んでいるのではな
く1人で7~8冊の納経帳を持ってきている人がいるのだ。しかたなく境
内へ出た。
 しばらくするとおそらく同じ理由で納経所から30代後半の女性が出
てきた。どこかのお寺で見かけた女性だ。ちょうど良かったので写真
撮影をお願いすると、「善通寺にもいましたよね?」
 彼女は知り合いの車と歩きを混ぜたお遍路さん。
「友人に誘われて80番から始めたの」
「もうじき1周?」
「この周辺だけ、順番もばらばら。今日東京へ帰るんだけどもう少し
行けば86番までつながるの。スタンプラリー感覚よ。」
「どうやって帰るの?」
「夜行バス。知り合いのお母さんに乗り場まで乗せてもらうの」
「僕は新幹線だからそこで自転車を送って終わり」
 彼女は地図を開いて、
「次のお寺まで3.8Kmよ。新幹線だってまだ大丈夫じゃない」
「そうだけどそこへ行くとまた次、次ってなっちゃうから」
 そんな会話をしてお互い「気をつけて」と言って別れた。

 ヤマト運輸に行き5Kmほど離れた特急が停まる多度津駅まで自転車を
取りに来てくれるか尋ねたらOK。多度津まで行こう。
 多度津駅は77番道隆寺の近くなので遍路道を進む。すると前方にさ
っきの女性。声をかけると「あれっ、なんでいるの」という感じでび
っくりしていた。事情を説明し、また「気をつけて」と言いお別れし
た。

 多度津駅到着は13時55分。自転車の分解作業をしていると「また会
いましたね」とさっきの女性。77番を参拝してからここへ来たのだか
ら歩きもなかなか早いものだ。
「お腹がすいたから食べるところがあると思ってきたんだけど」
 特急停車駅だから普通そう思う。
「僕もうどん食べたいと思ったんだけどないんだよね。」
 会話は続くものの私は分解作業で大忙し。
「そこの食堂は?」と彼女。分解作業しているすぐ横の怪しげな食堂
で中はまったく見えない。彼女が様子を見に行って、
「ランチは14時までって書いてある。」
「それじゃあもうだめだね」と私。
「ランチ以外なら食べられるのかな」と彼女。
「なんかあるんじゃない。駅の向こうに喫茶店みたいのがあった気は
するけど。」と言って線路を挟んだ逆側を指差した。
「分解作業も大変そうね」
「うん、1時間ぐらいかかるんだ。駅のところに地図があるからお店載
っているんじゃない。」と軽く言ってしまった。
 彼女は地図の方へ歩いていった。また戻ってくると思ったが今回は
別れの挨拶をせずにそのまま消えてしまった。
 時間があればいっしょに食事して話も聞きたいと思っていたが残念
だ。最後の最後に後悔することをしてしまった。

おわり

5月7日(水) 多度津 本日の走行距離 29.4Km
今回の総走行距離 283.8Km

体力勝負の一人旅 No.136【四国自転車遍路旅パート2】

【17日目・2008年5月6日】

 お遍路宿の朝は早く6時に朝食。歩き遍路の人たちは7時前に全員出発、おかげでいつもより早い7時50分に出発した。
 少し肌寒い。気温13度。標高240mから910mまで登るが、途中売店はおろか自販機もない。暑いときは大量の水を用意しておかなければならないルートだ。

 最初からそこそこきつい登り。標高430m付近で走ってきた県道から細い道へ入る。帰りはここに戻ってくるので軽量化作戦実行。これで多少は楽になったがそれでも重い感じがする。
 もしやと思い後輪のブレーキを外してみた。すると少しではあるが軽く感じる。どうやら登りなど力がかかるときにブレーキシューがリムに当たっていたようだ。今頃気付くなんて情けない。

 やがて尾根伝いを通る道になる。ところどころに高原野菜畑が見える。気のせいかもしれないが6年前より畑が少なく思えた。
 9時38分、66番雲辺寺に到着する。ここで宿のお接待でいただいたおにぎり2個を食した。こういう場所だけにありがたい。
 ここの納経は両手使いだ。納経はお参りに来た証拠として、墨でご本尊と寺院名などを書いてもらう。私の場合は掛け軸に書いてもらうが、書いてもらったあと自分でドライヤーを使って乾かす。これが結構面倒なのだ。
 驚いたことにここでは、右手に筆、左手にドライヤー。書いたその場から乾燥工程に入っている。「もう巻いて大丈夫ですよ」と言われて掛け軸をもらう。乾燥工程は私がやっていたのよりはるかに短時間だ。両手使いだけでなく墨の量の調整もうまいからできる技だろう。

 帰りは飛ばしたいところだが車1台分の道幅で、タイヤのあとをトレースしないと砂利が浮いていて危険。とてもアウトインアウトの走りはできない。
 荷物を置いた地点に戻り、ここから県道を下っていく。今度こそ飛ばせると思ったが、山の下から吹いている風でスピードダウン。

 67番大興寺、68番神恵院(じんねいん)、69番観音寺を打ち70番本山寺に到着する。久しぶりに立派なお寺だ。そう思わせたのは五重塔があるからだろう。

 71番弥谷寺(いやだにじ)を終えてまた時間との勝負になった。72番曼茶羅寺(まんだらじ)に着いたのは16時47分。次のお寺までは1Km。しかたなく裏技を使う。
 72番の納経だけ先に済ませすぐ73番へ向かった。73番到着は16時58分。6年前の記憶と入口が違っていたので山門付近でうろうろしていると、戻ってきたお遍路さんが道案内してくれる。そして「走らないと間に合わないよ」。
 納経所到着は17時2分だったがまだ開いていた。その上自転車で来たと言ったらお寺の人が150円くれて、
「お接待です。そこの販売機で好きなの飲んでください。」
さらに善通寺のおすすめ宿まで紹介してくれた。

 72番に戻って参拝する。そして枯れた不老松のその後が気になった。境内に不老松と言われる松があったのだが、6年前はちょうど松食い虫にやられ葉が茶色になって死んでいた。
 今そこには枝垂れ桜があり、その前には不老松の幹を彫って作られたお大師様がいた。こうして不老松は後世に残る。

 お寺お勧めの宿に泊まった。部屋には生け花が飾られ、おかみさんの親切心が根底にあるサービスなどお遍路宿のイメージががらっと変わった。

 宿から見える善通寺の五重塔がライトアップされ浮かんでいる。町の人が1口5,000円払いライトアップしている。宿のおばあちゃんも1口払っていて「四国で一番高い塔よ。JRから見るときれいよ」と、町のそして住人のシンボルなのだろう。

5月6日(火) 善通寺 本日の走行距離 81.4Km

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